Nonfiction
2002年10月15日乱雑に服を脱ぎ捨てて、彼女は湯船に飛び込んだ。
気持ちがどうしようもないほどに揺れていて、落ち着けなかったからだろう。
肩までお湯に浸かり、一つ溜息を吐く。
次の行動に、たぶん意味などなかった。
心のどこかにある衝動に突き動かされ、彼女は自分の手の甲に噛みついた。
皮膚の感触は思ったよりもずっと柔らかかった。
顎に力を入れれば、肉の部分がすっと凹んでいくのが判る。
そして、腕には敢えて力を加えず、重力のみに従わせる。
痛覚が悲鳴を上げた。
もう止めてくれ、と泣き叫ぶ皮膚を無視して、脳は噛み続けろと命令する。
その二つの意志が混ざりあって、頭がじんじんと痛んだ。
もう少し強く噛めば、皮膚が破れ血が出るのではないのか。
脳はそう期待している。
これ以上強く噛んでも、この皮膚は破れたりはしない。
痛覚はそれを知っている。
結局のところ、痛みに耐えかねて彼女は口を離した。
手の甲には綺麗に歯形が残っていた。
まじまじと見つめると、肉が赤黒く凹んでいるのが判る。
それだけだった。
皮膚には傷一つついていなかった。
傷がなくて、どこか残念がる気持ちも本心。
傷がなくて、どこか安堵する気持ちも本心。
そして思った。
くっきりと残った歯形は、まるで花のようだ、と。
その後、彼女はぼんやりと歯形を眺めていた。
痛みはほとんどなかった。
そしてまた、無意識に歯形に口を寄せ、舌を這わせた。
そうすればこの跡が早く消えると信じるかのように、舐め続けた。
自分の皮膚は案外味気ない物だ、とどこか冷静に頭を働かせながらも、彼女はやはりぼんやりしていた。
口を離して手の甲を眺めると、歯形は随分と薄くなっていた。
凹んでいた部分が微かにふくらみはじめている。
またぼんやりとその様子を観察していると、不意に彼女の脳裏にある言葉が浮かんだ。
『自傷か自慰か二つに一つ』
何かの本で読んだ言葉だったような気がする。
人間は生きている。その間の行動は全て自傷か自慰のどちらかでしかない、といった内容だった気がするが、良く覚えていない。
ただ、その短い文章だけはずっと頭に残っている。
そして、彼女はゆっくりと頭を動かした。
私は自分の手の甲に噛みついて、自分を傷つけようとした。
私は自分の手の甲を舐めた。そうすれば傷が治ると信じるかのように。
頭に言葉が浮かんだ瞬間、どこか渇いた笑いが漏れた。
なんて馬鹿なんだろう、なんて愚かなんだろう。
それは、そう言った意志をもった笑いだった。
そして彼女は湯船を後にした。
どうせ、明日になればこの傷も消えている。
どうせ、明日になればこんな気持ちも忘れている。
どうせ、明日になれば全て終わっている。
そんな気持ちを胸にして。
気持ちがどうしようもないほどに揺れていて、落ち着けなかったからだろう。
肩までお湯に浸かり、一つ溜息を吐く。
次の行動に、たぶん意味などなかった。
心のどこかにある衝動に突き動かされ、彼女は自分の手の甲に噛みついた。
皮膚の感触は思ったよりもずっと柔らかかった。
顎に力を入れれば、肉の部分がすっと凹んでいくのが判る。
そして、腕には敢えて力を加えず、重力のみに従わせる。
痛覚が悲鳴を上げた。
もう止めてくれ、と泣き叫ぶ皮膚を無視して、脳は噛み続けろと命令する。
その二つの意志が混ざりあって、頭がじんじんと痛んだ。
もう少し強く噛めば、皮膚が破れ血が出るのではないのか。
脳はそう期待している。
これ以上強く噛んでも、この皮膚は破れたりはしない。
痛覚はそれを知っている。
結局のところ、痛みに耐えかねて彼女は口を離した。
手の甲には綺麗に歯形が残っていた。
まじまじと見つめると、肉が赤黒く凹んでいるのが判る。
それだけだった。
皮膚には傷一つついていなかった。
傷がなくて、どこか残念がる気持ちも本心。
傷がなくて、どこか安堵する気持ちも本心。
そして思った。
くっきりと残った歯形は、まるで花のようだ、と。
その後、彼女はぼんやりと歯形を眺めていた。
痛みはほとんどなかった。
そしてまた、無意識に歯形に口を寄せ、舌を這わせた。
そうすればこの跡が早く消えると信じるかのように、舐め続けた。
自分の皮膚は案外味気ない物だ、とどこか冷静に頭を働かせながらも、彼女はやはりぼんやりしていた。
口を離して手の甲を眺めると、歯形は随分と薄くなっていた。
凹んでいた部分が微かにふくらみはじめている。
またぼんやりとその様子を観察していると、不意に彼女の脳裏にある言葉が浮かんだ。
『自傷か自慰か二つに一つ』
何かの本で読んだ言葉だったような気がする。
人間は生きている。その間の行動は全て自傷か自慰のどちらかでしかない、といった内容だった気がするが、良く覚えていない。
ただ、その短い文章だけはずっと頭に残っている。
そして、彼女はゆっくりと頭を動かした。
私は自分の手の甲に噛みついて、自分を傷つけようとした。
私は自分の手の甲を舐めた。そうすれば傷が治ると信じるかのように。
頭に言葉が浮かんだ瞬間、どこか渇いた笑いが漏れた。
なんて馬鹿なんだろう、なんて愚かなんだろう。
それは、そう言った意志をもった笑いだった。
そして彼女は湯船を後にした。
どうせ、明日になればこの傷も消えている。
どうせ、明日になればこんな気持ちも忘れている。
どうせ、明日になれば全て終わっている。
そんな気持ちを胸にして。
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