『毒殺ナース』

2003年1月21日
あたしは看護婦、ナースよ。分かる?
正しくは看護士だかなんだか知らないけど。細かすぎるのよ、この世の中。

いつものようにあたしは働いてたの。
患者さんに笑顔で接して、調子が良さそうですねなんて言ったりもしてた。
でもさ、そんなの嘘なの。
調子なんて悪そう、顔色だって真っ青だし、脈だって微妙。
あたしは看護婦よ?
そんなのすぐに分かるに決まってるじゃない。
それなのに、それを知らないふりしなきゃいけないの。

『告知』をするかしないか。
もう、死がすぐそこまで迫ってる人に、それを内緒にするなんて酷いと思うの。そう、思わない?
家族に話して、当人だけ置いてけぼり?
こんなやり方が定着してるこの国は嫌い。大嫌い。
人によっては、何も分からないままある日突然死んじゃうって事だってある。
そんなの辛すぎるじゃない…。

でもね、中には気づく人だって大勢いる。だって自分の身体なんだから。
曖昧なことしか言わない医者に匙を投げて、あたしにこう聞くの。
「私はいつまで生きられるんですか?」
「私は死ぬんでしょう?」って。
なんて答えれば良いのよ。
先生と家族が言わないって決めちゃったことを、あたしが言う訳にはいかない。
だってそういう仕組みなんだもの。
上には逆らえないし、そんな勇気もない汚い人間なんだもの。
だからあたしも曖昧に笑って言った。
「そんなことないです、きっと治りますよ」って。
あの時ほど自分に嫌悪を抱いたことはないわ。

ある日、患者さんの一人が泣いたの。
死にたいって。

病気が苦しくて、更に薬の副作用もあって、辛くて辛くて。
死んでしまいたいって言った。
こうやって生きてても、外に出して貰える訳でもない。
何かやりたいことができるわけでもない。
ただ、刻々と苦しみながら死を待つだけじゃないかって。
泣いたのよ、あたしに向かって。

あたしも、泣いた。

同情って言ったら失礼かもしれない。
でも、あたしは悲しかった。辛かった、苦しかった。
この人はもう自分の意志で生きてるんじゃないんだって分かったから。
医者と家族に無理に生かされてるだけで、あまりの苦しみにその心は死んでしまったんだって思った。

だから、約束したの。
あたしが助けてあげるって。
あたしが貴方を救ってあげるって。

一度決めちゃえば全部簡単だった。
混ぜちゃいけないものを混ぜるだけ。
たったそれだけで、その人は眠ってしまったの、永遠にね。
でもあたしは見たの、その安らかな寝顔を。
だから、後悔はしてない。悔やんでなんかない。なんと言われようと、あたしはあの人を救った自信があるから。

あたし信じてるの。
生きることだけが全てじゃない、生きることだけが幸せじゃないって。
死ぬことは全てを失ってしまうけど、もう一度全てを手に入れるチャンスがあるってことだと思うから。

だから、ゆっくり、おやすみなさい。

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