『ドール』

2003年2月3日
可愛い服を着て、にっこり笑うのがあたしの役目。
毎日毎日、違う服を着ます。
昨日は、フリルがたくさんついた子供っぽいピンクのワンピース。
一昨日は、少しシックに灰色のキャミソールと同じ色のミニスカート。

あたしはモデルをやってます。
物心ついたときからこの世界にいました。それこそ、赤ちゃんの時からモデルをやってたってことだと思います。
家にはあたしの写真の切り抜きがファイルになってたくさん残ってます。これを作るのが母さんの趣味になってるみたい。
良く飽きないものだと感心しながら、昔の写真を見ては年をとったな、って実感したりもしてます。
まあ、それを言葉にすると先輩のモデルに睨まれるので黙ってますけどね。

ある日、先輩のモデルが引退するって話を聞きました。
その人は物心ついたときからのあたしの先輩で、いろいろ相談にのってもらったりもしてました。一回り以上も年が違うのに、姉のような人でした。
あたしは、たぶん先輩が好きでした。
やめるんですか、と聞くと先輩は少しだけ笑いました。薄い、笑いでした。

「古くなった人形は捨てられるのよ」

先輩は達観したようにそういいました。
古い人形でもアンティークなどは愛されるけど、そうなるのはごく一部なのだ、と。

「あたしはお終い。あんたは頑張ってね」

普通の人形は使い捨て。
綺麗な服を着て笑っている時は愛されるけど、新しい人形が手に入れば見向きもされなくなる運命。

あたしはなんて言えば良かったんでしょう。
ただ、先輩の言葉に動揺して、本当に人形みたいに頷くしかできませんでした。
そんなあたしを見て、先輩はちょっとだけ寂しそうな顔をしました。

「元気でね」

あんたの活躍を期待してる、と寂しげな顔を隠すように笑い、先輩は去っていきました。

先輩の言葉を、あたしは判ったようで判っていません。
古くなれば、いつかものは壊れます。それと同じことなのでしょう。
あたしもいつか壊れるのかな、と思うと少しだけ寂しくはありますが。

でもあたしがいくら悩んだって、カメラのレンズににそんなことは写りません。
それを、写す訳にはいかないんです。どんな事情があったって。
だってそれがあたしの仕事。
先輩、安心してください。
あたしは自分が人形だなんて思ったりしません。そうやってこの仕事を嫌になったりしませんから。
あたしはただ、いつものように笑っていれば良いんです。
あたしはただ、いつものように笑っていなければいけないんです

相も変わらず、相も変わらず。

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