『ラヴシックネス』

2003年2月22日
うるさいわね。
音がうるさいと文句を言ってくる母に、心の中でそっちの方が五月蠅いと毒づきながら、あたしはもう一度レシピを見直した。
作ろうとしているのはクッキー。それもパイ生地で出来たような奴。ちなみにパイシートは使わない。全部手作り。
あたしが台所を占領した瞬間から、嫌そうな顔をしていた母を思い出す。
その予想通りなんじゃないかな、この散らかりっぷりは。
元々、料理なんて滅多にしない娘が、台所に篭もって何をするのか心配で心配でしょうがないって顔してたし。
それが、なんだか煩わしい。

小麦粉やらベーキングパウダーなんかを混ぜると、ガチャガチャと泡立て器とボウルがぶつかり、擦れる音がする。
その音に負けそうな小さな声で、見てらっしゃいと呟く。

「絶対においしいのを作ってやるんだから…」

そのためには妥協をする気はない。経験がなくともレシピにきちんと従えば何とかなると思ってる。逆に、レシピがなくても勘とかでなんとかなるのが、経験者。
そうやって決意をまた固めて、もう一度ボウルをかき回しながら、あいつのことを考えた。
あたしがこうやって夜中に台所に立ってるのだって、あいつのためなんだから。
一週間遅れのバレンタイン。それでもって、今生とまではいかないけど、あいつとの別れのために。

あいつは年上の男友達。
つき合いはまだ2年くらいだけど、結構良い感じだったと思う。あたしがコイゴコロなんて抱かなきゃね。
本当に誤算だったのよ。まさか売約済みの男に惚れるなんて思ってもいなかったし。
どんなに否定しようとしたって、心は正直。あいつと会う機会があるだけで、小躍りしそうになって、電話が来るだけで、頬を紅潮させてたりする。
友達としてつき合うだけでも、楽しい。とても楽しい。でもね、それ以上も望んじゃうのが恋愛。

で、そんな関係に終止符を打つのが、あいつの引っ越し。一応国内にはいるけど、あたしが行く事なんてありえないような所に行っちゃう。学生の身分で旅行なんてそうそう企画できないし、親の許可も下りない。
それに、向こうには綺麗な彼女もいるしね。しょうがないのよ。

元々見込みがあるなんて思ってなかったから大丈夫。
無理だから諦めようとした気持ちだって、大きかったんだから。

だけど。
だけどね。
このまま終わらせるのはなんか癪じゃない。勝手に惚れたあたしが悪いと言われればそれまでだけど。
惚れさせておいて、勝手に会えない所に行っちゃうあいつもずるい。

だからおいしいお菓子を作るの。
バレンタインだもの、何も不思議はないでしょ。あたし達、仲の良い友達なんだから。
まあ、あいつは甘いもの嫌いだけどね。去年凝りに凝ったチョコをあげたら微妙な顔してたし。
おまけに、こういうのは本命にあげろ、とまで言われた。お生憎様、あたしはちゃんと本命の相手にあげてるのよ、貴方にね。

手の込んだお菓子を作るの。
例え甘くて、あいつが嫌そうな顔をするのが判っていても。
おいしいって思ってくれたら最高。
そうでなくても、最後の最後まで嫌がらせをするような女を友達に持ったことを、覚えててくれればそれで良い。
この気持ちを気づいてくれても、気づかなくても、もうどっちでも良い。

ただ、忘れないで欲しいだけ。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索