『ラヴァーズ』

2003年4月27日
傷の存在価値について考えたことってある?
あたしはいつもそれについてばかり考えてるのよ。

「嫌いよ、貴方なんか」

唐突な破局の言葉も、あたしたちにとっては日常茶飯事。
今更驚くことじゃないでしょう。それなのに、どうしてそんなに衝撃を受けた顔をするの。
馬鹿じゃないの。いつものことじゃない、いい加減慣れたでしょうに。
なんで、そんなに苦しそうで、悲しそうな顔をするのよ。

「そうか」

それだけ? それで終わり?
たった一言で納得できたっていうの?
そういう事を言う奴だってことくらい、あたしだって分かってる。分かってるのよ。
なのに、なんであたしまでこんなに衝撃を受けてるんだろう。
胸が痛くて、言葉が出ない。
心臓の音が高くなり、速くなった脈が肺から酸素をはぎ取って、呼吸が掠れる。

「俺もお前が嫌いだよ」

仕返しと言わんばかりに暗い笑みを浮かべて、貴方は言い放った。
白くなるくらいに握りしめた指先が震える、足がふらついて立っていられない。
貴方はあたしを憎々しげに見つめた後、それでも両腕を広げてくれる。
立っているのが奇跡だと思うような足でも、こんな時ばかりはすんなりと動いてくれるのが不思議。
でもそんなことはどうでも良いのよ。
あたしは貴方の胸の中で、嗚咽を押さえ込んだ。


情事の後に残るのは気怠さだけ。
愛を囁く訳でもなく、ただ、お互いを貪り合うように求め合う。
乱暴にも思える扱いを受ける事だって多々あるし、わざといらぬところに爪を立てるのも良くある事。

愛し合っているのかと聞かれれば、ノーコメントと応えるわ。
憎み合っているのかと聞かれれば、皮肉気に笑ってあげるわ。

愛しているのかと聞かれれば、影を帯びて笑って見せる。
嫌っているのかと聞かれれば、あたしは応えることなんてできない。

傷つけあって楽しいのかと聞かれれば、イエスと答えるかもしれない。

あたしたちは、そんな関係。
互いを傷つけあって、その傷に縋り付いて生きてるような関係。
そしてその傷を舐め合って、癒したと思いこんでいるような関係。
薄い氷の上に立っているように、いつ壊れても不思議じゃない関係。
ステキでしょう?

抱き合ったって、触れあったって、そこに温もりなんて有り得ないのよ。
それなのに、逃げる事も離れる事もできずに、お互いにただ足掻いてるのよ。
その苛立ちで互いを傷つけあうように、言葉を投げつけ、答えを吐き捨て、心を踏みにじる。
憎くて憎くて仕方がないのに、それなのに傷ついた互いを放っておけなくて。
助けてあげたい気持ちに襲われて、抱きしめて大丈夫って囁きたくなって、そうやって傷を隠してあげるの。

きっと、これを同族嫌悪って言うのね。
同じような性格をしている所為で、互いの苦しみが分かってしまって、無下にできない。
だけど、そうやって助けを求めるばかりの互いが憎くて、傷をつけて、跡を残して、締め付けたい衝動に駆られるのよ。
それなのに、本当は互いが愛しくて仕方がないのよ。
愚かで、可哀想で、涙を殺している相手が、愛しくて愛しくて。

だから傷をつけるの。
それが所有印だとでも言うように、深く深く、跡を残すのよ。
そうして、優しい哀れみを持った眼差しで、ねっとりとした熱を持った舌で、その傷を癒してあげるのよ。
流れた紅い涙だって、気付けば乾いた振りをしているから、すぐに痛みなんて忘れてしまうのよ。

貴方の心と躯に傷をつけるのはあたし。
あたしの心と躯に傷を与えるのは貴方。

貴方の心の傷を舐めあげるのはあたし、貴方の躯の傷に指を這わせるのはあたし。
あたしの心の傷をそっと撫でるのは貴方、あたしの躯の傷を包み込むのは貴方。

心と躯に刻み込まれた消えない傷が或る限り。
貴方はあたしのもので、あたしは貴方のものなのよ。
逃げる事もできない罠に、自ら飛び込んで、枷を嵌めて、孤独に泣いているんだもの。

だから、貴方を殺せるのはあたし、貴方を殺して良いのはあたし。
そして、あたしを殺せるのは貴方、あたしを殺して良いのは貴方。

きっと終わりは、永遠の幸福か一瞬で終わる死。

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