『アダルト』

2003年5月5日
窓の外を見ると、ざーざーと音を立てて、雨が降ってた。
庭に生えている大きな木に茂った緑色の厚い葉っぱを雨の滴が伝って、そして滑るように落ちていく。
なんて事のない光景だけど、それはあたしの目に焼き付いて離れなかった。

そうやってじっと庭を見ているあたしを不思議に思ったのか、友達が不思議そうな顔をした。

「どうしたの?」

あたしは答えない。
葉っぱから滴がしたたってるの、なんて言ったら彼女は呆れたような顔をするに決まってるから。
それがどうしたの。そんなの当たり前じゃない。
そんな答えは、あたしはいらない。

無言で庭を見てると、彼女は溜息を吐いてどこかに行ってしまった。
何を言っても無駄だと思ったのかもしれないし、何も答えない友達に愛想を尽かしたのかもしれない。
だって彼女は『大人』だから。
意味のない行動は嫌いだし、非合理的なことも嫌い。それでもって、言葉の通じない相手は放っておく。
大人びた彼女はそんな人。

子供の頃の記憶を、あたしは鮮明に覚えている。
雨の日はレインコートにぴかぴかの長靴を履いて歩いた。
靴の中に水が入らないのを良い事に、水たまりの中を跳ねて、レインコートの中に水が入り込んでしまったりもした。
それでも寒さなんて感じなかった。
ただ、童謡を口ずさんで、傘をさしたお母さんと手を繋いで、カエルの横を通り抜けて、歩いた。
ただ、歩いた。

その情景は思い出せるけど、その時の感情は思い出すことができない。
雨が嬉しかったのか、悲しかったのか、不思議とわくわくしていたのか。それが、分からない。
それでも、想像だけは安易につく。
多分、あたしは笑っていた。
雨というものに特別な感情を持ってなんかいなかった。
雨とはただ、そこにあるというだけの、それだけの存在でしかない。
それなのに、あたしは笑ってた。
雨が嫌いなのでもなく、仕方ないと諦めるのでもなく。
それを当然のことのように受け入れて、その上で笑っていられた。

雨が降って思う事。
学校に行くのが面倒だったり、湿気が高いって事だったり、濡れるのがいやってことだったり。
そんな感情をあの頃は持っていなかった。

戻りたいな。
ぽつりと呟いてみた。
そうすると、言葉は波のようにあたしの心の中で荒れ狂い、突風の中ではためく真っ白な旗みたいに、ばたばたと主張を始める。

感情が増えて、その感情につける理屈も増えていく。
これが大人になるってことなのかもしれない。
小さな頃は、本当に喜怒哀楽の四つしか感情を持っていなかった気がするし。
でも、あの頃は幸せだった気がしてならない。
苦しい事はちょっとだけ、楽しい事は目一杯、悲しい事は小さじ一杯分。

楽しかったなぁ。
声に出せば出す程、言葉は意味を失い、色褪せていくような気がいて、あたしは口を閉じた。

レインコートを着よう。
そうして雨の中を一人で歩いてみよう。手を繋いでくれる人がいなくても、あたしはもう歩けるんだから。
純粋な目で、透明な雨粒を眺めてみよう。
雨による影響なんて、これっぽっちも考えずに。

大人と子供の中間点。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
まだ、迷子になってばかりだけれど。もう、一人でも歩けるんだ。

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