香る月。

2003年7月13日
一度だけ、彼女に触れたことがある。
明確な意志を持ったわけでもなく、ただ魅せられ、思わず触れてしまったことが。

白い頬に触れるとふわりとした感触が指に返ってきた。
柔らかく、ほんのりと温かい。
その感触にある種の感動を覚えていると、彼女は不思議そうな顔をした。
どうしたのか、とその紅い目が問い掛けている。
それから子供をあやすようにふっくらと唇だけで笑ってみせた。
白い頬と対比を成す紅い唇。
けれどそこに血や狂気のような毒々しさはなく、あくまで密やかな華やかさが溢れている。
笑った拍子に肩口からこぼれ落ちた銀色の髪が、さらりと風に揺られる。
暗い夜の闇の中にあっても、決して光を失わない銀の髪は、さしずめ空に浮かぶ天の川のようだ。

美しい人よ。
言葉には出さずに呟き、そっと指先を白い頬から離した。
名残惜しげにその場に残ろうとする指を意志の力で引きはがし、それから居心地悪げに笑ってみせた。

「どうしたの?」
「なんでもないよ」

そう。これはたった一瞬の気の迷いなのだから。
それでもまだ訝しげな顔をする彼女から目をそらすように、藍色の空を仰ぐ。

銀色の月が、こちらを見ていた。
まるで心の奥までを、見透かしているかのように。

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