「どういうこと?」

黒い瞳が怪訝な光を帯びている。
生まれたばかりの魔女は、軽く眉を顰めながら、細い指先で赤い紙を一筋、くるくると回すように弄んでいる。
その仕草は、年齢以上に彼女を大人びて見せると共に、外見同様の幼さも感じさせる。
不思議な娘だ。そう思った。

「誰もが違うの? 私には同じに見える」

髪を弄んでいた指を止め、どこか手持ちぶさたにも見える仕草で、遠くを見つめながら呟く。
視線の先を追えば、真っ赤な夕陽が空の色を変え、大地やそこに存在する全てのものを、赤く染め変えている。
そして隣に立っている幼い魔女さえも。

黒かった瞳は光を浴びて、夕陽よりもまだ赤い、真紅に染まっている。
夕陽のように橙が混ざっていない、炎よりも血に近い紅だ。
赤い髪は、更に赤くなる。
それは、彼女が自分本来の色を取り戻していくかのように見えた。

「違うさ。誰もが。同じ存在など一つとしてない」

呟くように言葉をはき出す。
魔女に聞かせるつもりではなく、自分自身に言い聞かせるように、静かに、しっかりと。
すると魔女が小さく首を振った。
表情は見ることができないが、微かに俯いた睫が震えていた。

「でも私は、私が私である自信が持てない。生きているのか、死んでいるのか。それさえも」

溜息混じりの声は震えていた気がする。
尋常ではない誕生を経験した魔女は、大人びた思考を持っているが、その実幼い子供となんら変わりない。
頼るものもいない世界で、怯え、立ち止まる。けれど、倒れることをよしとせず、足を引きずってでもまた歩き出す。

弱々しくありながら、強くなろうとする幼き魔女。
そんな彼女に、かける言葉は多く見つからない。

「名前をあげよう」

考えたあげくにでた言葉は、考えようによっては失礼だったかもしれない。
が、魔女は小さく顔をあげ、また顔を下ろした。

「何か希望はある?」

その動きを、肯定の頷きと受け取って、重ねて尋ねる。

「違い」

短く答え、魔女は振り返った。
赤い瞳が揺れていた。

「違うということ。異質だということ。それを、私が忘れないように」

自分が魔女であることを、知っている瞳。
普通の人間とは違うと言うことを、忘れてしまったら、また誰かを殺してしまうかも知れない。
その恐怖を知っている瞳が、夕陽よりも尚眩しく見えて、眩暈を起こしそうになった。

ふらふらと揺れそうになる頭を逆に自分から振り、きつく握りすぎて白くなった拳にそっと手を重ねた。
触れた瞬間、びくりと震えたその拳は、たとえようもない程に小さなもののように感じられた。

「貴女の望むままに」

小さく呟き、たった一つの名前を探し当てた。
苦しみながらも、生きようとする。それは幼いながらの、言ってしまえば無知であるからの考えかも知れない。
けれど、この澄んだ魂が、これ以上傷つかぬよう。
そう祈りながら、これ以上もなく残酷な名前を彼女に与えよう。

『アリエヌス』

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