ふと思い出したのは、真っ白な柚の花。
柚が好きというそれだけの理由で、母は私の名に柚の文字をくれた。

戦いの前は、怖くない訳じゃない。
ただ、負けられないなと思うだけ。死にたくないから。
そう思いながら目を閉じてじっとしてると、少しだけ心が軽くなる。
集中の効果かもしれないけど、なんだか世界が薄い膜を被ったような感じになる。
そうなると、大丈夫って思えるの。

選んだ武器は銃だった。
手の平サイズで、これ以上もなく確実に命を奪う武器。
選んだ理由は単純。
軽いこと、持ち運びやすいこと。そして威力が強力であること。
殺される側にしたって、あっさり殺された方が嬉しいだろうと思ったの。
誰だって、痛いのは嫌でしょう?

敵は容赦なんてしてくれない。でも本当は容赦なんてしないで欲しい。
じゃなきゃ、私も容赦なく誰かを殺せない。
対等な立場にいるって、自分を納得させなきゃ、やっていけないから。
もし、敵が手加減をしてるとしたら。
何故そんなことをしているのかなんてわからないけど、確実に私は命を救われている。
そんな相手を殺すのは、やっぱり嫌。
初めて煙草を吸ったときのような、苦い後味が残るだけ。

狙いを定めて、撃つ。
ただそれだけで、確実に誰かが傷ついていく。命を失っていく。
だって、やらなきゃやられるだけ。
殺されたくない、傷つきたくないなんて思ってる人は、こんなところに出てきやしない。
ほら、対等でしょう?

死にたくなんか、ない。
けど、もし殺されるとしても、誰にも助けを求めてはいけない気がする。
自分の意志で戦って、自分の意志で傷ついて。
それなのに、殺される時だけ、他人の意志を借りるなんて、おかしいよね?
大丈夫、独りでも。独りで死んだって、大丈夫。

最近は戦う時に仲間と顔を合わせるだけで、いつも独りでいるような気がする。
会話もせずに、部屋に閉じこもる。それなのに、戦いの時だけはきっちりと顔を出してる。
おかしいね。

昔は、独りが嫌いじゃなかった。
静かに何もない時間を過ごすのも、辛くなんてなかった。
一日の中にいくつもの空白があって、その空白で逆に心が埋まっていた。
今は?
今は、少し寂しい。
独りっていうのは、そんなに良い物じゃないなって思った。
悪いものじゃないけど、みんなといる方が良いと思った。

それなのに独りでいるのは、少しばかり考えたいことがあるから。
もう少ししたら、ひょっとしたらもっと長い時間が必要かも知れないけど、いずれは帰れる時が来るはず。
あの天空に浮かぶ城の中に、秘密があるのは確実なんだから。

けど、私は帰るんだろうか。
帰ったら、何をするんだろう。
勉強をして、進学をして、就職して。それが悪いこととは思わない。
ただ、その生活と今の生活を比べて、どちらが良いかと。
そのことばかり、真剣に考えてしまうの。

向こうにいた頃、私は全てがどうでもよかった。
大切なものも嫌いなものもあったけれど、どこか達観していた。
大切なものを奪われたら、きっと悲しむだろう。けれど、その痛みなんて、すぐに忘れてしまう。
そんな自分は、大切なものを持っているフリをしているだけのような気がした。
それなのに、そんな自分も好きでも嫌いでもなかった。
単純に、どうでもよかった。

煙草を吸い始めたのも、そんな理由からだった気がする。
自分に興味がないから、健康とかそう言ったことにも興味がなかった。
どちらかというと、少しくらい傷つけてみたかったのかもしれない。
それで、痛みとか、苦しみとかを感じて、自分を大事にしたかったのかもしれない。
結果的に、それは成功しなかったけれど、舌に走る苦みは、私が生きてるってことを実感させてくれた。

今、煙草はあんまり吸ってない。
命と命が削りあう、スレスレの境界線で戦っていると、これ以上もなく自分の生を感じられるから。
生きるために必死に戦ってる自分を見ると、情けないけど泣きそうになる。
嬉しくて。嬉しくて。

敵を自分の手で殺すことで、ようやく私は命の重さを知ることができた。
それでやっと自分の命に興味を持って、身を守りたいと思うようになった。
舌先に感じる一瞬の苦みに頼らなくても、生きてるっていう現実を、しっかりと感じ取れるようになった。
それが純粋に嬉しい。

その喜びを教えてくれたこの世界に、私は残るって言い出すかも知れない。
この世界だった、別にそんな命のやりとりをしなくても暮らしていける。
そしてそれは、本当に自分の力だけで生きていかなきゃならない。
親もいないんだから、お金は自分で稼ぐ。
食べ物もないから、稼いだお金で買うか、自分で育てたり狩ったりしなきゃならない。
でもそれは、どれも生きるための行動で、向こうみたいに受動的に生きなくてもいいってこと。
それはやっぱり魅力的。

この世界は、ある意味私にとっての天国なのかもしれない。
生きる意味を教えてくれる、素敵な世界。
楽に生きることも良いけれど、生きることを実感しながら暮らす方がいい。

ただ、帰らないのなら。
柚の花が見れないな、と思った。

「天国は見つかりそう?」

あの白い花が咲き乱れるような、そんな天国は見つかりそう?
焼け野が原での問いかけは、抜け殻となった誰かの身体の上を、通り過ぎていった。

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