『弱い男』

2003年9月23日
 五月蠅いと夕月は顔を顰め、長年の友人を睨みつけた。切れ長の紅い目を細めながら睨むと、これがなかなか迫力がある。大抵は皆すまなそうな顔をして、こそこそと逃げていくのだが、この友人にはそれは通用しないらしい。

「無粋だとは思うけどね」

 悪びれる様子もなく、蒼河はさらりと言い放った。夕月の視線など物ともしない。というより、綺麗に受け流している。慣れているのだろう。

「でもさぁ、みんな不釣り合いだって言ってるよ、身分とかじゃなくって」

 そう言って蒼河は声を上げて笑った。きっと彼は今、同い年の親友の姿を思い出しているのだろう。
 それは歳の割に幼くて、けれど自分ではしっかりしてると思いこんでいて、自らの力不足に嘆き、力を持つ親友に劣等感を抱きながらも、その感情を押し殺そうとする夕月の婚約者だ。

「確かにあいつは情けないからな」

 吐き捨てるように言うと、けんもほろろだとまた蒼河が笑った。けれど庇ったり否定するような発言は決してしない。彼だってどうせ同じように思っているのだ。

「でもまぁ…、そこが良いんだろう?」

 今度は試すように尋ねられた。
 それは蒼河自身の疑問でもあるのだろう。あの情けない男を、どうして親友としているのか。どうして構ってしまうのか。酷いことを言いながらも、嫌われたくないと願うのか。

「だろうな。…それにあいつはどちらかというと守られるタイプだろう?」

 夫となる人物への、厳しい評価に蒼河は笑いが止まらない様子だった。腹が痛いと言いながら身体を捩るように笑っている。
 そしてまた否定はしない。彼も言われてまさにその通りだと気づいてしまったのだろう。あいつは自分に与えられた領域を必死に守るので精一杯な男だ。攻めていくことも、それ以上の領域を守ることもできない。
 ただそれが婚約者の優しさなのだと、夕月は思う。

「それじゃあ、羽水を頼むよ、奥さん」

 目の端に溜まった涙を拭いながら、蒼河は言った。けれどその冗談に見せかけた言葉の中に、紛れもない真剣さが入っていることを、夕月はとっくに知っていた。

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