うーんと首を傾げるような仕草をした後、閃いたように葉月は氷河に向かって言った。
「思い出した、アレだよ。異種交配」
異種交配とは同じ属内の違う種を交配することだ。有り体に言ってしまえば、ラバとかその類になる。
ことの始まりは、冒険の仲間に性別を聞かれたことだった。氷河が聞いた限り、葉月は半分とか真ん中とかそんなことを言っていた。しつこく聞かれると、知らないよと拗ねたような顔もしていた。
それから日の高いうちに帰るのが無理な時間になってしまい、ここで野営をしているのだ。
「それが何?」
焚き火の炎を見ながら尋ねると、葉月は至極当然のように答えた。
「僕が」
ああ。ここまできてやっと氷河にも飲み込めた。葉月は氷河と同じ人孤族と人間のハーフだ。姿は似ていても、その性質は異なる二種の混合だと言いたいのだろう。
異種交配で生まれた動物は、総じて生殖能力を持たないのだ。
「母さんがね、昔、僕がちっちゃい頃に謝ったんだ。ごめんねって」
性別を持たせてあげられなくてごめんね。氷河にはそんな葉月の母の声が聞こえたような気がした。彼女ならそれくらいのことは言うだろう。さっぱりとした気性の人だったけれど、愛情は深い人だったのだから。
「子供も作れないし、その前に恋もできないかもしれないって」
葉月はそんな氷河の心中を知ってか知らずか、淡々と言葉を続けた。
ぱちぱちと焚き火の火の爆ぜる音が、静かな空間に響き渡っていく。その薄ぼんやりとした光の中で、葉月が氷河をじっと見ているのが分かった。金色の瞳が、こちらをじっと見つめていた。
「僕は、可哀想?」
首を傾げながら、葉月はじっと氷河を見つめた。
恋もできず、子供も作れない僕は可哀想な存在?
葉月は、そう問うているのだと、それが分かったから、氷河はしばらく黙り込んでしまった。
けれど金色の瞳が、じっと氷河を見つめている。その大きな瞳は、嘘を許さないと無言で告げている。
こんな所だけ、母親――香月に似ていると、氷河は独りごちた。嘘を許そうとしない、真実を見極めようとするときの香月の瞳と、葉月の瞳はよく似ている。色は全く違うのに。
そして嘘を吐くことに恐怖を感じる程の、真っ直ぐな視線。
その視線を受け止めて、氷河は答えた。
「いいや」
葉月はしばらく黙っていたが、唇の端を無理矢理つり上げたような笑いを作り、言った。
「嘘吐き」
そして身を翻して、夜の闇の中に消えていった。
言葉の消えた空間に独り佇み、氷河はああと溜息にも歓声にも似た声を漏らした。
葉月はきっと見抜いている。自分や香月があの故郷を出るきっかけとなった、あの感情を。恋という言葉に収まりきらない程大きくて、愛は言えない程に幼かった、あの切なく燃え上がる熱情を。
苦しみながらも、その感情の波に翻弄されながらも、自分たちが何よりも幸せだったことも、きっと勘づいている。
そしてその感情を持つことができないかも知れない養い子に、幾ばくかの哀れみを自分が持っていることも。
似ていない母子だと思っていた。
葉月のあの脳天気と言えるばかりの明るさは、香月が持っていた明るさとは別種の物だったし、母と比べて少しばかり頭の回転は鈍いようだったから。
けれどあの勘の鋭さと、何でもかんでも自分で背負おうとするあの姿勢。それは、何処までも似ていた。同じだった。
ああ。また声を漏らし、氷河は空を仰いだ。
ぱちぱちと爆ぜる火の音が、聞こえなくなるまで。
「思い出した、アレだよ。異種交配」
異種交配とは同じ属内の違う種を交配することだ。有り体に言ってしまえば、ラバとかその類になる。
ことの始まりは、冒険の仲間に性別を聞かれたことだった。氷河が聞いた限り、葉月は半分とか真ん中とかそんなことを言っていた。しつこく聞かれると、知らないよと拗ねたような顔もしていた。
それから日の高いうちに帰るのが無理な時間になってしまい、ここで野営をしているのだ。
「それが何?」
焚き火の炎を見ながら尋ねると、葉月は至極当然のように答えた。
「僕が」
ああ。ここまできてやっと氷河にも飲み込めた。葉月は氷河と同じ人孤族と人間のハーフだ。姿は似ていても、その性質は異なる二種の混合だと言いたいのだろう。
異種交配で生まれた動物は、総じて生殖能力を持たないのだ。
「母さんがね、昔、僕がちっちゃい頃に謝ったんだ。ごめんねって」
性別を持たせてあげられなくてごめんね。氷河にはそんな葉月の母の声が聞こえたような気がした。彼女ならそれくらいのことは言うだろう。さっぱりとした気性の人だったけれど、愛情は深い人だったのだから。
「子供も作れないし、その前に恋もできないかもしれないって」
葉月はそんな氷河の心中を知ってか知らずか、淡々と言葉を続けた。
ぱちぱちと焚き火の火の爆ぜる音が、静かな空間に響き渡っていく。その薄ぼんやりとした光の中で、葉月が氷河をじっと見ているのが分かった。金色の瞳が、こちらをじっと見つめていた。
「僕は、可哀想?」
首を傾げながら、葉月はじっと氷河を見つめた。
恋もできず、子供も作れない僕は可哀想な存在?
葉月は、そう問うているのだと、それが分かったから、氷河はしばらく黙り込んでしまった。
けれど金色の瞳が、じっと氷河を見つめている。その大きな瞳は、嘘を許さないと無言で告げている。
こんな所だけ、母親――香月に似ていると、氷河は独りごちた。嘘を許そうとしない、真実を見極めようとするときの香月の瞳と、葉月の瞳はよく似ている。色は全く違うのに。
そして嘘を吐くことに恐怖を感じる程の、真っ直ぐな視線。
その視線を受け止めて、氷河は答えた。
「いいや」
葉月はしばらく黙っていたが、唇の端を無理矢理つり上げたような笑いを作り、言った。
「嘘吐き」
そして身を翻して、夜の闇の中に消えていった。
言葉の消えた空間に独り佇み、氷河はああと溜息にも歓声にも似た声を漏らした。
葉月はきっと見抜いている。自分や香月があの故郷を出るきっかけとなった、あの感情を。恋という言葉に収まりきらない程大きくて、愛は言えない程に幼かった、あの切なく燃え上がる熱情を。
苦しみながらも、その感情の波に翻弄されながらも、自分たちが何よりも幸せだったことも、きっと勘づいている。
そしてその感情を持つことができないかも知れない養い子に、幾ばくかの哀れみを自分が持っていることも。
似ていない母子だと思っていた。
葉月のあの脳天気と言えるばかりの明るさは、香月が持っていた明るさとは別種の物だったし、母と比べて少しばかり頭の回転は鈍いようだったから。
けれどあの勘の鋭さと、何でもかんでも自分で背負おうとするあの姿勢。それは、何処までも似ていた。同じだった。
ああ。また声を漏らし、氷河は空を仰いだ。
ぱちぱちと爆ぜる火の音が、聞こえなくなるまで。
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