『睦言』

2003年10月5日 魔女
 本当の名前を呼ばれるって言うのは、どんな睦言よりもあたしの心に響いてしまう。どうしてかなんてわかるはずもない。ただうれしくて、愛しくて、息苦しいのよ。
 名前を知られるってことは心臓を握られるってことなのに、それなのにどうしようもなくとろけてしまう。心臓を捕まれたのか、胸を愛撫されたのかわからなくなる。そんな感じかな。
 本当に不思議よね。名前一つ。本当の名前は誰にも教えないから、普段からあたしは偽名を使ってることになる。なれちゃったけどね。その偽名だって呼ばれてうれしくない訳じゃない。
 好きな人に名前を呼んでもらえるって嬉しいでしょ? あたしは嬉しい。とても嬉しい。
 だけどね、そうなると本当の名前を呼んでもらいたくなる。偽名を呼ばれるだけであんなに嬉しいんだもの。本当の名前を呼ばれたら、彼岸にいけるような気がするな。

 何が言いたいかって?
 あたしはあなたの本当の名前を知っているのよ。あなたが生まれたときに神に与えられた、その魂を意味する名を知っているの。
 どうしてかって?
 あたしは魔女の子孫だもの。あなたはあたしの何代か前のお祖母様に会ったのでしょう。そして本当の名前を教えたのでしょう。それがあたしにも伝わっているの。
 なんで伝えたのか。そんなことあたしは知らない。初代に聞いてちょうだい。ただ、初代の魔女は、アリエヌスはあなたを愛していた。心から愛していた。これ以上もないほどに感謝して、愛していた。
 罪を許してくれた天使を、名前を与えてくれた天使を、生きることを教えてくれた天使を誰よりも愛していた。
 だからたぶん、死んでもあなたに会いたかったのよ。死んでしまってからも、自分の血を持つ子孫に出会ってほしかった。そして伝えてほしかったのよ。
 でもあたしは教えてあげない。伝えてあげない。

 天使様、あたしの名前を知ってくれませんか。
 そして名前を呼んでくれませんか。

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