『遺言』

2003年10月6日 魔女
 あたしは今までのどんな魔女より自分が幸せだったと思う。そう信じていられる。今だって本当に幸せなのよ。涙が出るほどに。
 魔女という血は、言ってしまえば呪いだった。初代の魔女を作り出したのは、憎悪と呪いの言葉だったのだから。その血を受け継ぐ限り、呪いは解けない。魔女は救われない。
 ただ血が薄くなっていることは、あたしにもわかる。初代はね、赤い血を持っていなかったの。彼女の体に流れる血液は黒かった。死者の血が混ざり合って、彼女の体を巡っていたから。悲しいことね。
 あたしの血は赤い。生きている人間と混ざり合って、どんどん普通に近づいている。呪いは薄れている。
 けれど、それでも逃れられない妄執が心の中にあるのよ。呪いは解けない。魔女はやっぱり人間を憎んでいるから。

 ううん、あなたのことは好き。あなたは例外。
 魔女はね、人間なんて嫌いだけれど、本当に好きな人のためならなんだってできるのよ。命だって投げ出せる。地位も名誉も捨てられる。
 どれほど周りの人間に嫌われ疎まれ憎まれても、たった一人でも、愛しい人が自分を思ってくれれば、涙を流して生きられるのよ。ただそれだけで幸せになれる。それが魔女。
 ただ、その情熱も呪いの一環だったみたいね。あたしはそこまで誰かを愛せなかった。愛する人が自分の元を去ろうとしたことを、裏切りとして受け取った。本当の魔女なら、きっと笑って見送っていた。少なくともそれを裏切りとは思わなかったはず。

 だからあたしは、本当の愛を知らないまま死ぬんだと思ってた。それはそれで良いんだと信じてた。
 でもね、わかっちゃったんだ。気づいちゃったの、あなたの所為よ。ただ愛しい。側にいたい。笑ってほしい。幸せになってほしい。生きていてほしい。あたしのことなんてどうでもいい。ただできれば忘れないでほしい。
 こんな思いは恋だなんて呼ばない。

 魔女の血につながる呪いはまだまだ有効ってことよ。
 だからあたしは死ねるのよ。あなたがいるから。あなたに生きていてほしいから。あなたに幸せになってほしいから。
 あなたの罪なんか、あたしが全部引き受けてしまうから。そうしてこの世界から消えてしまうから。

 だから笑って。

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