あだばな 0 【▽徒花】
(1)咲いても実を結ばない花。外見ははなやかでも実質を伴わないもののたとえにもいう。
「せっかくのヒットも―になる」
(2)季節はずれに咲く花。狂い咲き。[日葡]
(4)咲いてすぐ散る、はかない花。特に、桜の花。
「風をだに待つ程もなき―は/夫木 4」
◆ ◆ ◆
散りゆく定めと知りながら、それでも徒花は花を咲かせるのでしょうか。
わたくしは徒花なのです。
春が来れば花を開くかもしれません。ですがその後に待っているものはと言えば、終焉だけなのです。
春までなのです。春が来れば自ずと終わりは訪れるのです。ですが、わたくしは緩慢とそれを待つことしかできませぬ。
実を結ぶことも叶わぬままに、わたくしは果てる定めなのでございましょう。その定めを悲しいと思ったことがないなどとは申しませぬ。
ええ、わたくしは悲しかったのでございます。ただひたすらに、果てるしかない我が身が哀れで、愛しくて、憎々しかったのです。
風が暖かくなってきましたね。春風がもうすぐ訪れれば、桜の花が咲きましょう。徒花の未来はすぐそこまで迫っているのです。
けれどわたくしは泣きませぬ。何があろうと泣くものですか。だってわたくしは生きているのですから。
ああ、桜が咲いてしまいます。春など来ねば、このような思いで果てることもなかったのに。栄華など知らず、現状を不幸と嘆くことなく散ってゆけたものを。
あなたの所為なのですよ。
ええ、責めているわけではありません。あなたには感謝しているのですから。わたくしはとても嬉しいのです、あなたに会えて。そしてそれと同じほどに、悲しいのです。あなたになど会いたくなどありませんでした。
散りゆく定めと知りながら、それでも春は来てしまいます。花は咲いてしまいます。思いは募ってしまいます。
わたくしは実を結ぶことのない花なのです。咲いても幸せになどなれないのです。そんなことは最初から分かり切っていたことでしたのに。
本当に非道い人。そんな顔をなさらないでください。先ほども言ったように、わたくしは幸せなのですから。ただ矢張り……苦しいのです。
春が来ねばと、常々願っておりました。
けれど春は来てしまいました。この世界にも、わたくしの心にも。
愚かとお笑いにならないでくださいませ。ええ、あなたは笑ったりはしませんでしょう。優しい人ですから。
ですから一つだけ、お願いがございます。わたくしを忘れないで下さいませ。どんな記憶でも構いません。ただ忘れないで下さいませ。ちっぽけな思い出として、心の奥にそっと置かせて下さいませ。
ああ、泣かないで下さいませ。少なくともわたくしがまだ生きている間は。だってわたくしは生きているんですもの。だから泣かないで下さいませ。どうか、どうか。
仕方がないことなのです。
わたくしは徒花なのですから。誰かの血を貰い受けて、ようやく薄紅に染まれる桜なのでございます。一人では生きてはゆけぬのです。
そして誰かとともにも生きてはゆけないのです。春が来てしまいましたから。冬は終わってしまいましたから。
わたくしは咲き誇りましょう。
最後の栄華を誇りましょう。華々しく吹雪となって散りましょう。誰よりも美しく、誇り高く、あなたを思って散ってゆきます。
だって春が来たのですから。今笑わずにいつ笑えば良いのでしょう。今しかないのです。今だけがわたくしの春なのです。
ああ、蕾が芽吹いております。
もうすぐ春がやって参りますね――。
◆ ◆ ◆
徒花――。
転じて、実ることなく儚く散る、悲しい恋の意。
(1)咲いても実を結ばない花。外見ははなやかでも実質を伴わないもののたとえにもいう。
「せっかくのヒットも―になる」
(2)季節はずれに咲く花。狂い咲き。[日葡]
(4)咲いてすぐ散る、はかない花。特に、桜の花。
「風をだに待つ程もなき―は/夫木 4」
◆ ◆ ◆
散りゆく定めと知りながら、それでも徒花は花を咲かせるのでしょうか。
わたくしは徒花なのです。
春が来れば花を開くかもしれません。ですがその後に待っているものはと言えば、終焉だけなのです。
春までなのです。春が来れば自ずと終わりは訪れるのです。ですが、わたくしは緩慢とそれを待つことしかできませぬ。
実を結ぶことも叶わぬままに、わたくしは果てる定めなのでございましょう。その定めを悲しいと思ったことがないなどとは申しませぬ。
ええ、わたくしは悲しかったのでございます。ただひたすらに、果てるしかない我が身が哀れで、愛しくて、憎々しかったのです。
風が暖かくなってきましたね。春風がもうすぐ訪れれば、桜の花が咲きましょう。徒花の未来はすぐそこまで迫っているのです。
けれどわたくしは泣きませぬ。何があろうと泣くものですか。だってわたくしは生きているのですから。
ああ、桜が咲いてしまいます。春など来ねば、このような思いで果てることもなかったのに。栄華など知らず、現状を不幸と嘆くことなく散ってゆけたものを。
あなたの所為なのですよ。
ええ、責めているわけではありません。あなたには感謝しているのですから。わたくしはとても嬉しいのです、あなたに会えて。そしてそれと同じほどに、悲しいのです。あなたになど会いたくなどありませんでした。
散りゆく定めと知りながら、それでも春は来てしまいます。花は咲いてしまいます。思いは募ってしまいます。
わたくしは実を結ぶことのない花なのです。咲いても幸せになどなれないのです。そんなことは最初から分かり切っていたことでしたのに。
本当に非道い人。そんな顔をなさらないでください。先ほども言ったように、わたくしは幸せなのですから。ただ矢張り……苦しいのです。
春が来ねばと、常々願っておりました。
けれど春は来てしまいました。この世界にも、わたくしの心にも。
愚かとお笑いにならないでくださいませ。ええ、あなたは笑ったりはしませんでしょう。優しい人ですから。
ですから一つだけ、お願いがございます。わたくしを忘れないで下さいませ。どんな記憶でも構いません。ただ忘れないで下さいませ。ちっぽけな思い出として、心の奥にそっと置かせて下さいませ。
ああ、泣かないで下さいませ。少なくともわたくしがまだ生きている間は。だってわたくしは生きているんですもの。だから泣かないで下さいませ。どうか、どうか。
仕方がないことなのです。
わたくしは徒花なのですから。誰かの血を貰い受けて、ようやく薄紅に染まれる桜なのでございます。一人では生きてはゆけぬのです。
そして誰かとともにも生きてはゆけないのです。春が来てしまいましたから。冬は終わってしまいましたから。
わたくしは咲き誇りましょう。
最後の栄華を誇りましょう。華々しく吹雪となって散りましょう。誰よりも美しく、誇り高く、あなたを思って散ってゆきます。
だって春が来たのですから。今笑わずにいつ笑えば良いのでしょう。今しかないのです。今だけがわたくしの春なのです。
ああ、蕾が芽吹いております。
もうすぐ春がやって参りますね――。
◆ ◆ ◆
徒花――。
転じて、実ることなく儚く散る、悲しい恋の意。
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