仕方がない。知っていたことだから。
 涙? そんなものは見えない。

 誰かが誰かを求めるのは自然の摂理。独りでは生きられない。一人でなら生きられるかもしれないけれど。
 だから仕方がないこと。あなたが私を求めた。私はあの人に似ていたから。あなたが愛した誰かに。そんなことは最初から知っていた。

 人間には集団欲という欲求があるらしい。一人にはなりたくない。群れたい。誰かと一緒にいたい。孤独は嫌だ。そんな欲求らしいね。
 あなたもその欲求に従っただけなんだろう。欲求に素直に従うことは、ある意味人間らしい行動だと思う。そう、あなたは決して悪くない。
 ただ、非道い人だと思うだけだ。

 だってそうだろう?
 一人で生きてきて、一人で生きていけるように作り上げた私の世界を、あなたは土足で踏み荒らした。一人では生きていけないように、孤独の味を押しつけるように、あなたは私の小さな世界を壊した。
 けれどあなたは去っていく。私はこの世界でどうなるのだろうか。今まで完璧だと思っていた世界が、不完全な砂の城だと気づかされた今、私には何ができるというのだろう。
 そして今度は私が集団欲に溺れる訳だ。つまらない結末だ。実に面白くない。

 泣くのか? 泣くんだね。
 知ってるよ。あなたは優しい。あなたは人を慈しむ、守る、癒す、そして愛する。だから私はあなたに惹かれたのだろう。知らなかっただろう?
 当然さ。あなたは私の元をいずれ離れていく。そんなことは最初から知っていたのだから。

 行ってしまえばいい。所詮私はあなたの恋人の模造品なのだから。慈悲も哀れみもいらない、欲しくない。そんな自己満足な慰めなど、見たくもない。非道い侮辱だ。
 私はあなたの愛しい人にはなれないし、なりたくもない。他人になりすましてまで、誰かに愛されたいとも思わない。それがたった一つの誇りだからだ。

 すまないと思っているなら、さっさと行ってくれ。此処にいたって、どうせ傷つけ合うだけなんだ。安全だと思っていれば自然に振る舞える。だが、その場所に地雷が埋まっていると知ったら? 今までと同じように振る舞うことなど無理だ。足を踏み出すことなどできなくなる。
 さぁ、行くんだろう?
 あなたの愛しい人はここにはいない。探しに行くのも良いだろう。今はもうこの世にいない人の影を求めることを、無駄とは言うまい。忘れるのも良いだろう。傷を背負い続けて生きる人は尊いが、そうでない人を弱いとは思わない。思い出として過去と決別するのも良いだろう。誰にも汚されることのない記憶として、大切に守り抜くことを愚かだとは思わない。

 さぁ、道は山のようにある。

 泣かなくて良い。泣かないでくれ。
 私は所詮、模造品なんだ。あなたの涙を止めることはできない。だから早くここから出ておいき。

 模造品の割には、それなりに輝いていただろう?
 それだけ覚えていてくれ。さよなら。

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