『守護』

2003年11月2日
 守りたいものがある。護りたい人がいる。それはずっと昔から同じことだった。

 守るべき対象は最初は家族だった。水の扱い方を教えてくれた父。その父が老いて、母が亡くなった。水の管理の仕事が自分に降りかかるようになり、自分も少し大人になったのだと、なんとなく実感していた。
 そして大人になったからには、自分が守らなければいけないと思ったのだ。この家族を守らなければいけないと、信じていた。
 けれど、愛しい人たちを守るには自分の力はあまりにもちっぽけだった。水がなければ戦うことも出来ない。形だけの出世もままならない。それがとても歯がゆかった。
 生まれた年月が同じと言うだけで、何故か幼なじみになってしまった男は、自分とは比べものにならない力を持っていた。凡ての精霊に愛され、言葉少なにそれらを操ることが出来た。何をせずとも将来は約束されており、陽気で性格も悪くない。
 だからが憧れと妬み、尊敬と劣等感は、当時に自分においては同義語だったのだ。

 しばらくして父も亡くなった。家族が家族という形を喪っていくような気がして、非道く悲しい気持ちになったことを覚えている。その直後だった。強い友のところに、妹が嫁ぐことになった。そして自分は守る対象を失った。
 もう妹を守る必要は、無くなってしまったのだ。強い力と、高い身分を持った男の元へ嫁げば、彼がきっと守ってくれる。もう、自分が出しゃばる必要はない。ただ笑って祝福してやればいいのだ。ただ、あまりに身分差があったから、反対はしたけれど。
 それでも挙式の時に、幸せそうに微笑む妹を見て、これでよかったのだと安堵したのもまた事実だ。友は妹を慈しんでくれるだろう。

 そんなこんなで、気づけば自分も結婚することになった。それも身分の高い人のところへ婿として入ることになった。これで、自分の家は終わってしまった。水瀬という姓を継ぐものはいなくなってしまったのだ。それはとても寂しいことのように思えたが、彼女が嫁いでくることは不可能に近い。だからこうなった。
 彼女はおとなしく守られてくれるような人ではなく、逆に自分が守られる立場となった。そもそも持って生まれた力が全く違う。
 彼女の力は鮮烈な炎だった。まっすぐでおそれを知らない。炎や光に特に愛された人であった代わりに、水の言葉は少しも聞けない人でもあった。けれど相対的にみれば、明らかに自分の方が弱い。
 それに女だから、妻だからという理由で守りたいなどと言えば、彼女は烈火のごとく怒るだろう。それは彼女の誇りを傷つけるだけの理由だ。

 ずっとそんな状態が続いていたが、子供が生まれると少しばかり状況が変わった。烈火のような妻は、意外と子煩悩だった。炎のような激しさが熱を納め、少しずつ大地のようにおおらかに変化してった。最も、本質的にはあまり変わってはいなかったが。
 そして自分も、小さな子供を見ると、守らなければならないという気持ちに駆られた。守りたい、守らなければいけない。そんな強い気持ちを持つことは初めてだったのかもしれない。
 最初にもった気持ちは、半ば義務感に近いものがあった。自分は長男なのだから、という気持ちだ。
 けれど子供が生まれ、新しく家族が増えると、その気持ちはますます強さを増した。ただひたすらに、愛しいと思った。

 その気持ちを持てるということが、とても幸せなのだと、最近ようやく気が付いた。

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