知らなかったでしょうと、女は静かに笑った。何か悲しい記憶を懐かしむような、寂しがるような。そんな微笑み。
「知らなかったでしょう。アリエヌスがあなたを愛していたなんて」
知らなかったでしょうと、もう一度繰り返し、女は此方の反応を伺うように首をかしげた。その拍子に赤毛がさらりと揺れる。
「そんな、まさか…」
思わずゆるゆると首を振ると、女がまた笑うのが気配でわかった。
知らなかった。あの少女が、あの小さかった魔女が自分を愛していただなんて。そんなことはあり得ないと信じていた。
「やっぱり。でもね、アリエヌスはあなたを愛していたのよ、誰よりも。一途にまっすぐに、ひたすらに」
そうして笑う女の笑みはいつになく優しい。
「本当はずっとあなたと一緒にいたかった。けれど、あなたの道を阻むことは望まなかった。あなたの力にはなりたかったけれど、枷にはなりたくなかった。見守ってはいたかったけれど、監視したかった訳じゃない」
女は言葉を切って、小さく嘆息した。
「だからあなたを見送ったのよ。笑って見送った。いつかの再会を夢見て」
「……アリエヌスは…」
ようやく零れた声は、いつになく震えていた。信じられない。胸に湧く感情は喜びでもうれしさでもなく、申し訳なさや罪悪感ばかり。
「あなたを愛していた。けれど、その気持ちをあなたに気づいて欲しくなんてなかった」
私の声に続けるように女は言葉をつづった。それにはっとして顔をあげると、悲しいほどに優しい苦笑がそこには浮かんでいた。
「言ったでしょう。あなたの枷にはなりたくなかったのよ。あなたは愛されることに慣れていないから、自分を愛してくれる人を邪険にできない。大切に慈しんでしまう。そうやって、あなたの道がとぎれることが、アリエヌスは嫌だったのよ」
「何故、そこまで…!」
あの幼かった魔女は、私を愛してくれたのか。
「アリエヌスは、それ以外の愛し方を知らなかったのよ」
嗚呼。
「愛する人の幸せを願うことだけが、彼女の愛だった。求めることも奪うことも思いつかないような、そんな幼くて一途な愛し方しか、あの子は出来なかったのよ」
今はもうこの世にはいない先祖を語っているというのに、女の声はまるで我が子について話しているようだと思った。それほどまでに優しい。
「だから、あなたが愛されてると気づいてなかったなら、アリエヌスはきっと幸せだったはずよ」
自分を責めないで。
そう呟いて、女は目を伏せた。その睫の影からしずくがこぼれ落ちると同時に、私の喉から声にならなかった吐息が、静かに漏れた。
「知らなかったでしょう。アリエヌスがあなたを愛していたなんて」
知らなかったでしょうと、もう一度繰り返し、女は此方の反応を伺うように首をかしげた。その拍子に赤毛がさらりと揺れる。
「そんな、まさか…」
思わずゆるゆると首を振ると、女がまた笑うのが気配でわかった。
知らなかった。あの少女が、あの小さかった魔女が自分を愛していただなんて。そんなことはあり得ないと信じていた。
「やっぱり。でもね、アリエヌスはあなたを愛していたのよ、誰よりも。一途にまっすぐに、ひたすらに」
そうして笑う女の笑みはいつになく優しい。
「本当はずっとあなたと一緒にいたかった。けれど、あなたの道を阻むことは望まなかった。あなたの力にはなりたかったけれど、枷にはなりたくなかった。見守ってはいたかったけれど、監視したかった訳じゃない」
女は言葉を切って、小さく嘆息した。
「だからあなたを見送ったのよ。笑って見送った。いつかの再会を夢見て」
「……アリエヌスは…」
ようやく零れた声は、いつになく震えていた。信じられない。胸に湧く感情は喜びでもうれしさでもなく、申し訳なさや罪悪感ばかり。
「あなたを愛していた。けれど、その気持ちをあなたに気づいて欲しくなんてなかった」
私の声に続けるように女は言葉をつづった。それにはっとして顔をあげると、悲しいほどに優しい苦笑がそこには浮かんでいた。
「言ったでしょう。あなたの枷にはなりたくなかったのよ。あなたは愛されることに慣れていないから、自分を愛してくれる人を邪険にできない。大切に慈しんでしまう。そうやって、あなたの道がとぎれることが、アリエヌスは嫌だったのよ」
「何故、そこまで…!」
あの幼かった魔女は、私を愛してくれたのか。
「アリエヌスは、それ以外の愛し方を知らなかったのよ」
嗚呼。
「愛する人の幸せを願うことだけが、彼女の愛だった。求めることも奪うことも思いつかないような、そんな幼くて一途な愛し方しか、あの子は出来なかったのよ」
今はもうこの世にはいない先祖を語っているというのに、女の声はまるで我が子について話しているようだと思った。それほどまでに優しい。
「だから、あなたが愛されてると気づいてなかったなら、アリエヌスはきっと幸せだったはずよ」
自分を責めないで。
そう呟いて、女は目を伏せた。その睫の影からしずくがこぼれ落ちると同時に、私の喉から声にならなかった吐息が、静かに漏れた。
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