『I love you more』

2003年11月6日
 眠たげに目をこすりながら葉月がおはようと掠れた声を上げた。
 いつもの光景というわけではないが、見慣れた風景の一つだ。昨夜は帰らなかった氷河がいることに、養い子は今更驚いたりはしない。現状を淡々と受け止めている。

「おはよう、ただいま」

 軽く挨拶をすると、葉月は欠伸をかみ殺しながら、部屋から出て行った。洗面所にでも行ったのだろう。ぱたぱたとスリッパが床をこする音が静かに響いた。

 しばらくして部屋に戻ってきた葉月は、こぎれいな格好に変わっていた。丈の短いズボンとゆったりしたシャツを着ている。頬には少し水滴が着いていた。顔を洗った時に拭き忘れたのだろう。そんなところが、まだ幼い。

「氷河はさぁ」
「ん?」

 唐突に話しかけられ、読んでいた新聞から目を離した。なんだと聞き返すように小さく首をかしげると、大きな金色の瞳がじっと此方を見ていた。

「親らしくないよね」
「なんだよ、それ」

 不意に言われた言葉は、予想外というか予想以上というか、なんというか妙な内容で思わず、とげとげしい声が出てしまった。
 けれど、葉月はそんな声はものともせず、けろりとした様子で続けた。

「普通、思春期の子供の前で朝帰りとかってやらないよ?」
「…………」

 反論は、できなかった。
 葉月の言葉への返事はさっぱり思いつかなかったが、代わりにああこいつも大きくなったなぁとか、そんな感慨深い気持ちがふつふつと湧いた。
 現実逃避に近いものがある。

「…それだけ」

 氷河が反論しないのがつまらなかったのか、葉月は少し顔をしかめるとそのまま部屋を出て行った。
 苦しそうな、悲しそうな、何とも言えない顔が目に焼き付いて、しばらく氷河は考え込んだ。

「……そうか」

 答えは急に思いついた。当たっているかどうか、確信はないがなんとなくこれだと思う。

「最近、構ってやらなかったから拗ねてるのか」

 そう思うと、小さく笑いが零れた。
 なんだかんだと言っても、葉月はまだ子供なのだ。

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