軽く寝返りを打ち、香月はキールの身体に頬を寄せて、浅く溜息を吐いた。

「最近、思うの」

 彼の表情は伺うことは出来ない。だが、起きて話を聞いていることは確かだろう。彼は人の気配にとても敏感だから。

「ああ、死にたくないって」

 呟くようにそういうと、キールがそっと額にキスをくれた。掠めるように熱が触れ、離れて逝く感触が愛しい。何も聞かず、話を促そうとしてくれるのが嬉しい。

「幸せすぎて、泣きそうになるのよ。だけど、こんな状況が永遠に続くわけがないって、知ってる。だから怖くなるの。死にたくないって、切実に思うのよ」

 馬鹿げているとは思う。けれど真実怖いのだ。この幸せが終わってしまうことが。自分が死んでしまうことが。今まで考えもしなかったというのに、怖くて怖くて仕方がない。
 今こうやって触れあっていても、この熱が冷めてしまうのかと思うと怖い。掠めるようなキスをくれる唇や、包み込んでくれる腕が無くなってしまうことを思うと怖い。そして口付けされ、抱きしめられる自分が消えてしまうことも怖い。

「私が死んだら」

 そういうと、今まで黙っていたキールが不意に、顔をしかめたのがわかった。彼は優しい。愚かなまでに。

「いっぱい泣いて。涙が涸れてまで泣いて。そうして、振り切ってしまってね。いつまでも引きずらないで」

 目を閉じると、またキールの唇が額に触れた。それから瞼や鼻先や頬を熱が掠めて、また離れていった。

「無茶ばかり言う」

 苦笑混じりの声で言われ、香月は小さく笑った。いつもの低い声。香月の恐怖を馬鹿にするのでも、あやすのでもなく、真剣に考えてくれる声。掠れていて、鼓膜を暖かくふるわせる声。

「今頃気づいたの?」

 言い返すと、キールが静かに笑った。でもきっと彼は、少し寂しげな笑顔をしているのだろう。
 そう思ったから、目を伏せたまま、香月は彼の胸に頬を更に寄せた。

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