『Take me your side』

2003年11月13日
 父さんと小さく呼ぶと、彼は静かに振り返った。
 夕陽を浴びて、白い肌も黒い髪も橙色の影を帯びていた。それがとても綺麗だった。逆光の所為で、父の琥珀色の瞳が見えないのが、少しだけ残念だった。光を浴びて黄金色に輝くあの瞳が、自分はとても好きだったから。

「どうした?」

 低く問いかけられる声は柔らかさに欠けている。けれど、そのざらついた感触が心地よいのだと思う。甘くない、けれど厳しくない声。

「ご飯だって、母さんが呼んでるよ」

 用件を告げると、父はああと呟き、ゆっくりと此方に向かって歩き出した。
 父の歩幅は広い。あっという間に、横をすり抜け、家へと向かってしまう。その歩幅に追いつくために、自分は随分早く歩かなければ行けない。けれど、これでも父は遅く歩いているのだ。それがわかるから、小走りに追いつくことにも、不満は覚えない。

 そのまま二人並んでしばらく歩き続けた。無言であったけれど、その空間はとても心地よい。父と一緒にいると、何故かとても安心できる。

「葉月」

 もうすぐ家、と言うところまで来たあたりで、父が急に名前を呼んだ。静かに、穏やかに。
 少し驚いたけれど、何かと尋ね返すと、父は此方を見ないまま、言った。

「俺がいなくなったら、香月を頼むな」

 約束だ。
 そう続けられて、葉月は何も考えずに頷いた。何も聞き返せない。何も言えない。けれど返事をしなければいけない。絶対に母を守ると。
 父は前を向いたままだったが、葉月が頷いたことがわかったのか、少しだけ笑った。
 その横顔が、今でも目に焼き付いて忘れられない。

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