『唯一無二』

2003年11月16日 魔女
 私にはあなたしかいなかった。

 微笑む魔女に、どんな表情を向ければよかったのだろう。生まれたばかりで生きる術も知らず、自らの力の大きさに怯え、戦くだけの小さな子供。
 そんな彼女と生活をともにしたのは、純粋な哀れみだったのかもしれないし、義務感に駆られただけかもしれない。ただ、守りたいと思った。人として育ててやりたいと思った。
 その望みは叶ったのだろうか。
 魔女は人として生きようとしている。成長し、ようやく子供から大人になろうとしている。だから、この手を離そう。そう、決めたのだ。

「私にはあなただけだった」

 ひっそりと魔女は呟いた。
 溜息を吐くようなか細い声音。疲れたような、諦めたような、寂しげな微笑みによく似た、胸を締め付ける声だった。

「本当に感謝している、ピア。あなたがいなければ、私はとっくに死んでいたはずだから。人として生きられなかったはずだから」

 黒い瞳を伏せ、静かに魔女は感謝の言葉を述べる。細い赤毛が、あるかなしかの風に微かに揺れた。
 いつの間にか魔女は、子供から少女に変わり、今では大人の女性になろうとしている。まだまだ、少女の範疇ではあるが、時々見せる大人びた笑みは、少女特有のあどけなさがない。

「私にはあなたを止めることなど出来ない。止めたくもない。そして、悲しませたくもない」

 悲しんでいるのはお前だろう。そう言いたかった。けれど、そんな思いは言葉にさえならなかった。伏し目がちな瞳に影を作る睫も、頬に落ちた影も、色を失いかけた唇も、全てが悲しみにみちている。

「だから、私があなたの手を離す。あなたはまた、自由に戻る。永遠という牢獄の中、仮初めの自由を手に入れる」

 静かに微笑んだ魔女は、胸のあたりに拳を押しつけると、小さく唇をふるわせた。

「さようなら」

 唯一無二の存在よ。それが、直接耳にした彼女の最後の言葉となった。

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