『一方通行』

2003年11月18日 魔女
 この道の存在を、知られてはいけない。もし知ってしまえば、彼は悲しむから。否、罪悪感や義務感に駆られ、私を愛するだろうから。

 いつ好きになったのかなんて、そんなこと考えるに値しない。気がついたら好きだった。だからきっと、これから先もずっと好きなんだと思う。というより、彼を愛していない状況という物が想像吐かない。
 彼は私を慈しんでくれた。人として扱ってくれた。呪われたこの身を、ただひたすらに案じてくれた。それがどれほど嬉しかったか。それにどれほど救われたか。
 人の法とは無縁だった私に、生きる術を教えてくれた。命の尊さを、愛する気持ちを、満たされる幸せを教えてくれた。ああ、なんとありがたいことだろう。

 彼は自分への好意にのみ、とことん鈍い人だと思う。そうでなければ、これほど長い間自分と過ごすことなど出来なかっただろう。自分への悪意には、あきれるほどに敏感に怯えるというのに。
 だからこそ、思う。彼は誰かを愛することは、もうないのだろう。昔々に、誰かを愛しすぎて罪を犯した彼は、きっともう全ての人に平坦な慈愛を与えるだけなのだ。
 そうとわかって、落胆しなかった訳ではない。けれど、彼の苦しみは知っていたつもりだった。人を愛することは、喜びと幸せに満ちあふれる反面、ふとした拍子に、苦しみと憎しみにすり替わってしまう。その苦しみを、私は知っている。

 彼への思いを、押さえつけたつもりはない。
 ただ私は告げなかった。好きだとさえ、言葉にしなかった。ただ側で、笑っていた。笑っていられた、あり得ないほどに幸せだったから。
 そうすれば彼も笑うのだ。誰かの罪を許し、幸せを与えることが彼の仕事なのだから。否、贖罪か。
 そう、彼は裁かない。彼はただ許す。他人の罪までも自ら背負い、その足が折れるほどに重い罪を抱えながら、旅を続ける。その背に新たな罪を背負うために。
 他人のために生きることなど、はっきり言って興味はない。そう信じて生きてきた私にとって、彼の生き方は理解できない物でしかなかった。くだらない。最初はそう思っていた。
 けれど今ならわかるのだ。
 他人の喜ぶ姿に、涙を流す彼の思いが。彼が儚く微笑む姿に、涙を止めることができない私には。
 わかるのだ。

 一方通行の道だと知っている。彼はもう、振り向かない。私を置いて行ってしまうだろう。何故なら、私の罪を彼は背負い終わったのだから。もう、二度と振り返らず、私の手を離してしまうのだろう。
 その前に、私が彼の手を離すのだ。そして彼の嬉しそうな、それでいて悲しそうな微笑みに、笑って言うのだ。さよならと。
 この思いも一方通行に違いはないが、それでいても、私はまだ笑えるのだ。彼の幸せを願うことで。

 それはとても、幸せなのだと、最近涙とともに知った。

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