『墓守』

2003年11月30日 魔女
 母さん、久しぶりね。あなたが死んで、それからだから…、もう十年もたったのよ。本当に久しぶり。十年ぶりなんだから当たり前だけど、この町も随分変わったみたいね。それでも、ここだけはちっとも変わっていない。
 懐かしいのかな。変な気分よ。あなたはこんなに小さな石の中に収まってしまうほど、それほど小さくなってしまったけど、わたしはまだ生きてる。だから、まだ大丈夫。

 あのね、天使に会ったのよ。
 そう、初代を救ってくれたあの贖罪の天使。誰よりも愚かで優しくて、必死で生きている天使。彼女はとても寂しい魂を抱えていた。澄んだ透明な色をしているのに、細かな傷が光を乱反射させて、きらきら輝いている。そんな魂。
 彼女はわたしのことも救ってくれた。この罪を許そうとしてくれた。…ああ、母さんは知らないか。わたしね、人を殺したの。ずっとずっと前に。その罪を、天使は自分が背負おうとした。だから、それを奪い返したの。誰にも渡さない。この罪だけは。
 だって渡せるわけないじゃない。この罪が、今のわたしを形作っているんだから。それに彼女にこれ以上の重しを乗せて、それで一体どうなるっていうの。あの細い両足は、これ以上の重みに耐えられるわけがない。それくらい、誰だってわかる。
 母さん、笑わないで。それにね…、わたしとわたしが殺してしまった、愛しい人たちとの繋がりはもうこの罪しかないの。馬鹿げてる。けど、今はもう憎んでもいないし、嫌ってもいない。ただ、愛しくて仕方がないの。自分が嫌になるくらいに。自分で命を奪っておいて、何を今更。

 うん、彼女といる間は、とても楽しかった。幸せだった。小春日和に木漏れ日を浴びながら、うたた寝しているみたいな、そんな心地よさ。時が止まってしまうんじゃないかって思ってしまうような、穏やかな時間が流れた。
 多分、初代もこんな風に幸せを感じたんじゃないかな。初めて、初代の魔女を愛しいと思ったわ。わたしは彼女の血を引いてるんだと、そう、間違いないんだと思った。
 誰だって、愛されたいよね。誰だって、独りは嫌だよね。だけど、誰だって、臆病なんだよね。

 母さん、花は添えないよ。
 だってもう、ここにあなたはいないんだから。ここはわたしが独り言を言うための場所。あなたの魂が眠る場所じゃない。あなたの魂は、きっとあの天使と同じ場所にいるんだから。
 ねぇ、母さん、あなたのいる場所に、あの天使はいる? 優しくて、傷つきやすくて、愛おしくて、それでいて憎まずにはいられない、あの贖罪の天使はそこにいる?
 もし、天使に会うことがあったなら、伝えて欲しいの。
 わたしはまだなんとか生きてる。けど、いつか会いに行くからって。

 じゃあね。バイバイ、母さん。
 わたしはもう、ここには来ないけど、いつか会おうね。

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