『大切なもの』

2003年12月9日 魔女
 銀色の細い鎖は、幾分汚れてくすんでいる。そのためキラキラとした清純な輝きは喪われているが、落ち着いた鈍い輝きがそこにはあった。
 その鎖の先についたブ小さなラックオパールを指先で弄び遊びながら、赤毛の魔女が喉の奥で低く笑うのがわかった。
 白い指先の影を行ったり来たりするオパールは、お世辞にも魔女には似合わない。彼女の魂は鮮烈な深紅であって、煌めく蒼ではないからだろう。髪にも目にも、その色は似合わない。
 彼女はそうやってしばらくの間、指先で宝石を転がして遊んでいるようだった。が、ゆっくりと瞳を閉じ、開くとこちらを見て笑った。

「あげるわ」

 その言葉があまりに唐突で、返事をすることが出来ないでいると、魔女はまたゆったりと笑った。

「あげる。私にはふさわしくないし、もう、いらないから。大好きな子の形見だったんだけどね」

 こちらがぎょっとするようなことを平気で呟き、名残を惜しむこともなく、魔女は銀のペンダントを差し出した。
 そんな大切な物は受け取れない。誰かの形見であるならそれは尚更のことだ。そう言うと、魔女は大きな猫の目をきょとんとさせた。何を言われたのかわからないとでも言うように。
 そして十秒ほどしてから、ああ、と頷いた。

「でもいらないのよ。これはあの子の形見だけれど、あの子自身じゃない。この中にあの子の魂が入っている訳でもないし、あの子の声を運んでくれるわけでもない。大切なのは思い出や記憶であって、こんな石ころじゃない」

 彼女は真実そう思っているのだろう。つまらなさそうに低く笑うと、琥珀の瞳でこちらの表情を少し伺った。

「あの子が喜ぶかどうかなんて知らない。けれど、私にこれはふさわしくない」

 溜息とともに呟き、それでも受け取ろうとしない私に業を煮やしたのか、ちょっと拗ねたような口調で、彼女は告げた。

「これはあの子の遺品という貴重な品ではあるけど、大切な物なんかじゃない」

 そして遠くを見つめる瞳は、いつになく優しかった。

「本当に大切な思い出は、ずっと私の心の中に存在し続ける。だから、大丈夫」

 だからもらって。
 大きく左右に首を振りながらも、こぼれ落ちる涙を抑えることは出来なかった。

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