『決別』

2003年12月13日
 行ってくる。そう夫が告げたとき、香月は小さく笑うことしか出来なかった。

「本気?」
「もちろん」
「行かないでって言っても?」
「……ああ」

 彼も辛いのだろうなと、まるで他人事のように思った。もし立場が逆で、夫が病に倒れていたら自分も同じことをするかもしれない。けれど、決して同じことはしないだろう。
 何故なら、香月自身が、病の深さを知っているからだ。夫は知らない。だから必死になれる。自分は知っている。だからもう、半ば諦めている。
 本当は側にいて欲しい。何処にも行かないで欲しい。自分を不幸だとは思わないが、孤独に震えて死ぬのは御免だと思う。

「寂しくなるわ」
「……」
「良いのよ。貴方は貴方がしたいようにすれば。でも一つだけ約束して」
「何を?」
「中途半端にならないで。自分を貫いて」
「約束する」

 彼には彼でいて欲しい。
 いずれ自分が死んでしまう時がくる。そのとき、何もせず側にいただけであっても、戦い疲れ、側にいることが出来なくても、結局のところ彼は悔やむのだ。ならば、進んで欲しい。

「行ってらっしゃい、キール。貴方の無事を祈っているわ」
「自分の無事を祈ってくれ」
「……それは無理よ」
「……」

 他人のためなら、たとえようも亡いほど素直な気持ちで祈れる。そんな祈りなら神に届くような気がする。けれど自分のためには祈れない。欲やら望みがあふれかえって、純粋な気持ちを作り出せないからだ。

「じゃあ、キール」
「なんだ?」
「貴方が私の無事を祈って。私が貴方の無事を祈るから」

 そう言うとキールは小さく笑った。少しばかりほろ苦い笑みだったけれど、彼らしい優しい笑みだと思った。夜の闇のような、小さな暖かさが溢れている。

「祈り続けるよ」
「ありがとう」

 貴方が笑ってくれたから、私も貴方の無事を祈り続けるわ。

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