『so crazy』

2004年1月4日
 殺してくれないかなぁと言ったら、露骨に嫌そうな顔をされた。良い表情だと素直に思う。
 前の男はそう言ったら溜息を一つ吐き出して、家から追い出したっけ。狂った猫なんか飼っていられないとばかりに。死ぬとか殺せとかいう奴なんかと一緒にいたら、そのうち自殺されるかもしれない。もしかしたら、殺されるかもしれない。どっちにしても面倒ごとが嫌いだったんだろう。何事にしても無関心な癖に、保守的な男の横顔を思い出すと、小さく唇が歪んだ。笑っているみたいに。
 その笑みをどう思ったのか知らないけど、彼はうんざりした顔で吐き捨てた。

「俺を巻き込むな」

 なんて素敵な言葉。

「死にたきゃ勝手に死ね」

 惚れ惚れしちゃうね。
 前の男だってこんなことを言いたかったんだろう。けど言えなかった。言ったら後々面倒だとでも思ったんじゃないかな。つくづく面倒ごとが嫌いな奴だと思った。
 でも彼は言ってくれる。馬鹿な奴だと嘲るでもなく、顔色を変えて説得に当たるわけでもなく、至極面倒くさそうに、それでいて当然のようにこの命を無視してくれる。
 けれど決して無関心というわけでもない。前に真に受けて線路に飛び込もうと思ったら、顔を思いっきり引っぱたかれた。それくらいには、この命を惜しんでくれるらしい。
 それから、真面目な顔で何故と聞いてくれた。
 何故?
 さぁ、何故だろう。
 一回真剣に考えて、わかったことがいくつかある。それは多分、否定の言葉を望んでいるということ。だから勝手に死ねと言われて、衝動的に電車に体当たりをする気になったんだろう。そのときのことなんてあまり覚えてないけど、地面に足がついてなくて、ふわふわしてたことは覚えてるから。
 二つ目は、好きな奴に殺して貰いたいんだってこと。どうせ死ぬならってことじゃなくて、単純にこの命まで貰って欲しいってこと。全部あげたい。全部貰って欲しい。それって、つま先から頭のてっぺんまで食べて貰いたいって気持ちにきっとよく似てる。
 だから勝手に死ねって言われて、食べて貰えないんだって思ったら、もうこの世界にいられないと思ったんじゃないかな。単純なんだか、複雑なんだかわからないこの頭は、いつだって衝動に従ってる。

 けれど最近は彼の言葉がわかるようになったから、この冷たい言葉にも慣れてきた。
 最初の言葉で人が一人死のうとしたことなんて、もうすっかり忘れてしまったかのように、同じ言葉を繰り返す彼がとても愛しい。
 馬鹿で愚かで救いようがなくて、どっかに捨ててしまいたくなる病気の猫を、それでも哀れんでしまって、餌を与え続けてしまう彼の愚かさが、どうしようもなく愛しいのだ。
 その優しさにつけ込むと言うよりは、その愚かさが見たくて叫んでいるのかもしれない。
 否、もしかしたら、その愚かさを知っているが故に、安心して叫んでしまうのかもしれない。

 ねぇ、殺してよ。

 いつか殺されてしまうとしても、きっと笑っていられる。
 だけど彼が罪人になるのは心苦しい。だからやっぱり、前の男のように捨てて欲しい。雨だろうが台風だろうが気にせず、玄関から放り出して、しっかり鍵をかけて欲しい。

 大丈夫。
 何をされても、それは優しさなんだと、この頭は綺麗に変換してくれるから。

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