『Heaven』

2004年1月14日 魔女
 そっと伸ばされた天使の指先をそっと握りしめた。一瞬びくりと震えた手を引き寄せる。そのまま薄紅色をした爪に唇を寄せた。

「天国ってどんなところ?」

 問うと、困ったような笑み。
 アクアマリンのような瞳が、寂しげに揺らぎ、今はもう戻れない故郷を回想しているのだと、魔女は思った。

「寂しいところ」
「天国なのに?」
「天国だからこそ」

 そう、とても寂しいところ。呟きながら、天使は空いている掌で、魔女の頬をそっと撫でた。小さな掌の暖かさに、魔女の背筋は震えた。

「平等なんでしょう?」
「悲しいくらいに」
「悲しい?」
「決して特別にはなれない場所だもの」
「……そう」

 それは悲しい場所だ。魔女はそう思った。どれほど愛されようと、他人と同じでは、その愛を信じることなどできない。
 平坦に与えられる優しさは、残酷なだけだ。心などなければ、その事実を幸福だと感じられるかもしれないが。
 けれどそれが無理だと言うことも、魔女は知っている。魔女は全てを賭けて、誰かを愛す。それは生理とも言える事実だ。もちろん、友人や恋人がたった一人というわけではない。ただ、誰よりも、何よりも優先しなければならない人が、いつか現れるのだそうだ。
 彼女はまだその誰かに会ってはいない。きっとこれから先も会わないと思う。

「地上は良いところ?」
「地上も悲しいところ」
「不平等なのに?」
「私は平等にしか人を好きになれないもの」

 そう。短く返事をし、魔女は天使の手の甲に唇を寄せた。触れるだけ、微かに熱を与えるだけの口付け。

「貴方が幸せになれる場所に、私が連れて行ってあげられたら良いのに」

 そう呟くと、天使は儚げに笑った。それは無理なのだと口にはせずに。

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