電車の中の熱気に吐き気がした。
間怠っこい暖かさが身体にまとわりつくと、何故か呼吸がしにくくなる。コートのポケットに入れた指先が、じっとりと汗ばんで、気分は最悪だと訴えている。
がたがたと揺れる感覚は嫌いではない。その揺れに身体を任せて、どこか遠くに行ってしまえるような気分を味わうことができるからだ。だから電車は別に嫌いではない。
ただ電車の中の熱気が嫌いなのだ。
駅にたどり着く。慣性の法則に従ってバランスを崩す身体を、手すりにつかまって支えてやる。こうでもしなければ倒れてしまう自分は好きではないが、今更文句を言う気にもなれない。
ぷしゅう、と気が抜ける音がして、ドアが開かれる。人の波がその狭い入り口に向かって突進してきた。ドアのすぐ横にいたため、その波に流されないように身体を小さくした。
と、冷たい冬の空気が流れ込んでくる。もやもやとした熱気を一気に冷まし、何かを嘲るように電車の中を縦横無尽に飛び回っている。そんな冷たい空気に、吐く息が一瞬白く染まった。
思わずポケットにつっこんでいたを出した。そして閉まろうとするドアに向かって、指先を突き出した。
冷たい風が、一瞬指先に触れた。
乗り換え駅だったため、車両の人口密度はかなり下がった。それでも暖房が静かに冷たい空気を殺そうと必死で働いている。余計なことをするなと言いたくなった。
この熱は嫌いだ。暖房がないと生きられない人間の、借り物の体温で上がった温度が嫌いなのだ。それは人肌よりも生々しくて、不気味で、ぞっとする。
このままここにいたら、真綿にくるまれるように窒息死してしまう気がする。
がたがたと揺れる車両が時折止まり、冷たい空気を取り入れ、また必死に走り出す。
冬の空気はとても澄んでいる。冷たくて、鮮烈で、穢れも迷いも知らない。そんな気がして、いつまでも触れていたくなる。その空気が触れた瞬間、生温い熱は一瞬にして払拭されるからだ。そうやって、真綿の層を一つ一つ剥いでくれる空気が好きなのだ。
皮膚が寒さを訴えると、肉の中の生温い熱が何かを思い出したように働き出す。身体を温めようと、血液を流し、必死になって動いてくれる。そうやって、生きてるんだと教えてくれる。
他人に与えられた熱を貪るだけにはなりたくない。そうなってはいけないのだと、冬の空気は教えてくれる。
自分の体温くらいは、自分でまかないたい。
だから裸になって抱き合うのは好きだ。
身体の一番深いところが、熱くなって、爪の先まで火傷しそうなほど熱くなるから。
それは体温を分け合っているからだとよく言われるけれど、それは現実であって事実ではないと思う。二人そろって熱を作りすぎてしまう。同じことをして、同じことを望んでいるのかと思うと、その体温までも愛しく感じられる。おしつけがましい、他人の熱とは違う。だから、良いのだ。
作り物の熱じゃない炎は、やわやわと窒息死なんてさせない。きっと一瞬で焼き尽くしてくれる。
だから、縋れる。
そんなことを考えていると、また電車のドアが開いた。見慣れた駅名を眺め、ドアをくぐると、偽物の熱が一気に飛んでいく。
それが小気味よくて、ふと笑った。
頬に当たる風が冷たくて、内側に籠もった熱を浄化してくれる気がする。ポケットから手を出せば、そこからも熱が消え、すぐに冷たくなってしまった。
大丈夫。
だって生きてるんだから。
間怠っこい暖かさが身体にまとわりつくと、何故か呼吸がしにくくなる。コートのポケットに入れた指先が、じっとりと汗ばんで、気分は最悪だと訴えている。
がたがたと揺れる感覚は嫌いではない。その揺れに身体を任せて、どこか遠くに行ってしまえるような気分を味わうことができるからだ。だから電車は別に嫌いではない。
ただ電車の中の熱気が嫌いなのだ。
駅にたどり着く。慣性の法則に従ってバランスを崩す身体を、手すりにつかまって支えてやる。こうでもしなければ倒れてしまう自分は好きではないが、今更文句を言う気にもなれない。
ぷしゅう、と気が抜ける音がして、ドアが開かれる。人の波がその狭い入り口に向かって突進してきた。ドアのすぐ横にいたため、その波に流されないように身体を小さくした。
と、冷たい冬の空気が流れ込んでくる。もやもやとした熱気を一気に冷まし、何かを嘲るように電車の中を縦横無尽に飛び回っている。そんな冷たい空気に、吐く息が一瞬白く染まった。
思わずポケットにつっこんでいたを出した。そして閉まろうとするドアに向かって、指先を突き出した。
冷たい風が、一瞬指先に触れた。
乗り換え駅だったため、車両の人口密度はかなり下がった。それでも暖房が静かに冷たい空気を殺そうと必死で働いている。余計なことをするなと言いたくなった。
この熱は嫌いだ。暖房がないと生きられない人間の、借り物の体温で上がった温度が嫌いなのだ。それは人肌よりも生々しくて、不気味で、ぞっとする。
このままここにいたら、真綿にくるまれるように窒息死してしまう気がする。
がたがたと揺れる車両が時折止まり、冷たい空気を取り入れ、また必死に走り出す。
冬の空気はとても澄んでいる。冷たくて、鮮烈で、穢れも迷いも知らない。そんな気がして、いつまでも触れていたくなる。その空気が触れた瞬間、生温い熱は一瞬にして払拭されるからだ。そうやって、真綿の層を一つ一つ剥いでくれる空気が好きなのだ。
皮膚が寒さを訴えると、肉の中の生温い熱が何かを思い出したように働き出す。身体を温めようと、血液を流し、必死になって動いてくれる。そうやって、生きてるんだと教えてくれる。
他人に与えられた熱を貪るだけにはなりたくない。そうなってはいけないのだと、冬の空気は教えてくれる。
自分の体温くらいは、自分でまかないたい。
だから裸になって抱き合うのは好きだ。
身体の一番深いところが、熱くなって、爪の先まで火傷しそうなほど熱くなるから。
それは体温を分け合っているからだとよく言われるけれど、それは現実であって事実ではないと思う。二人そろって熱を作りすぎてしまう。同じことをして、同じことを望んでいるのかと思うと、その体温までも愛しく感じられる。おしつけがましい、他人の熱とは違う。だから、良いのだ。
作り物の熱じゃない炎は、やわやわと窒息死なんてさせない。きっと一瞬で焼き尽くしてくれる。
だから、縋れる。
そんなことを考えていると、また電車のドアが開いた。見慣れた駅名を眺め、ドアをくぐると、偽物の熱が一気に飛んでいく。
それが小気味よくて、ふと笑った。
頬に当たる風が冷たくて、内側に籠もった熱を浄化してくれる気がする。ポケットから手を出せば、そこからも熱が消え、すぐに冷たくなってしまった。
大丈夫。
だって生きてるんだから。
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