『葵』

2004年1月22日
 初めて会ったのは、彼女が12歳の時だった。
 少しばかり堅い銀の髪を一つに束ねた青い目の少女は、幼いながらに姫君のようだった。少しばかり我が侭で、気が強くて、大事に守られている。その癖、変なところで責任感があって、妹は自分が守ると決めていた。だから妹に対してだけは、馬鹿みたいに甘かった。

「初めまして、お姫様」

 彼がそう挨拶をすると、小さく首を傾げる。何を言われたのか理解しようとしているのか、狐の耳がぴくぴくと揺れた。

「誰?」

 深い青の瞳がじっとこちらを見つめた。嘘を吐こうものなら、きっと彼女はすぐに身を翻し、消えてしまうのだろう。そんな凛とした雰囲気が感じられた。

「矢作の次男」

 名乗らず、そう答える。
 矢作は玉造とは対のように扱われている家だ。
 玉造は魔力を用いて、武具や道具を作る。元々存在している武具の内側に魔力を流し込む。そうやって中から変質させるのが、玉造の技術だ。彼らが作る物は、皆魔力に強い耐性を持つ。
 逆に矢作は外から力を加える。時には熱を、時には冷気を、時には力そのものを。外側から力をかけ、加工する。力そのものを受けるため、矢作の作る物は純粋な強さを持つ。それらは堅く、鋭い。
 そのため、二つの家は対として考えられてきた。

「……春日?」

 玉造の長女は、少し考えて、呟いた。
 自分の名前を知っていてくれたのかと、彼――矢作春日は少し嬉しくなった。

「そうだよ、矢作春日。初めまして、葵」

 改めて名乗ると、彼女――葵は少しばかり嫌そうな顔をした。

「……私はまだ名乗ってない」
「でも知ってる」
「でも、名乗ってない」

 葵は不思議と強情だった。このお姫様はきちんと礼儀正しく育てられたらしく、自分から礼に乗っ取ったやりとりを望んでいるようだった。
 それがなんとなく理解できた春日は、苦笑しながら、頭を下げた。

「失礼しました。矢作春日です。お名前をお教え願えますか、姫」

 丁寧に問うと、また葵は嫌そうな顔をした。からかわれてるとでも思ったのだろう。春日にそんなつもりは毛頭無かったが。

「玉造葵です」

 葵は不機嫌そうな表情を消し去り、名乗ると、優雅に礼をした。本当にまるで姫のようだと春日は思った。
 恐らく、そんなところに惹かれたのだろう。衝動に駆られ、指切りをしてしまうほどに。

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