『春日』

2004年1月23日
 最初から、春日のことは気に入らない奴だと思っていた。
 砕けた態度で、こちらのことを『お姫様』などと呼んでくる。嫌そうな顔をしても、それはお構いなし。にこにこ笑って甘やかすかと思えば、葵をからかって楽しそうにしている。
 要するに、彼は掴めない人だったのだ。

 葵が最初に会ったとき、彼はもう成人を目の前にしていて、随分大人だと思った。
 けれど、矢作の次男の噂は少しばかり聞いていたので、イメージと違うなとも思ったのだ。
 矢作の次男は、腕は良いが、一つのところにじっとしていられない困った男。それが葵が知っている春日の噂だった。
 親やお偉方の許可も得ず、勝手気ままに旅に出て、そのまま何年も帰ってこないこともある。時折帰ってきては、新しい技を嬉々として披露する。
 それは決して悪いことではない。山奥で独自の文化を築いている人狐族にも、矢張り時には刺激が欲しくなる。彼はいつもこの里に風をもたらす、と父に聞いたこともあった。
 だから葵は、もう少し真面目そうな人を連想していたのだ。出会ってすぐ、それは大きな間違いだと気づきはしたけれど。

 そんなすごいのか、馬鹿なのか、いまいちよくわからない男だったが、春日は葵をよく構った。
 旅から帰ってくると、真っ先に玉造の家までやってきて、珍妙な土産を渡してくれる。そうして、大きくなったと嬉しそうに頭を撫でてくれる。
 そうやって子供扱いされるのが悔しくて、でも優しくされるのが嬉しくて、葵はいつも拗ねたような顔をしていた。
 そうすると、春日は意地悪そうな顔をして、今度は軽々と葵を抱き上げるのだ。そして慌てる葵を楽しそうに眺めた後、「太った?」とか巫山戯たことばかりを尋ねる。
 そんな彼が、葵はとても好きで、とても嫌いで、とても苦手で、でもいつも会いたかった。

 旅なんか行かないで欲しい。
 初めてその思いを認識したのは、十六歳の時だった。けれど彼女は自分の感情を、まだ理解するまいと、必死に耐えた。
 理解してしまえば、泣いてしまう。本能的にそう感じたから。

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