『御伽の国』

2004年1月29日
 その日、旅先から帰ってきた春日は真っ直ぐに葵に会いに来た。それから暗くなるまで、ずっと側にいてくれた。
 日が暮れたとき、彼は帰ると言い出したが、葵がそれを引き留めたのだ。いくら奔放に暮らしている春日とはいえ、帰ってきたならばまず実家へ行くべきだ。けれど、葵は甘えた。久しぶりに会えたのだから、と。
 両親は苦笑しながら、春日の分の夕食も用意してくれた。

 妹の若桜が眠ってからも、しばらくは話を続けていた。
 春日は話すのが上手い。いつの間にか引き込まれてしまうのが常だ。その上、彼の話は大抵が実体験であるから、彼自身を知れるような気がして、おとなしく聞き入ってしまうのだ。

「そういえば、こんな話を聞いたよ」

 そう言って、春日が話したのはどこかの国の御伽話だった。
 世界のどこかに、御伽の国への扉が隠れている。その扉をくぐった人は、こちらの世界には帰って来れない。御伽の国は常春の世界で、幸せに暮らせるが、平坦な生活はどこか苦痛に満ちている。
 そんな内容だったが、葵はよくわからない話だと思った。眠かったこともあるが、御伽話にしては堅苦しい。ストーリーも面白くはない。
 けれど、思った。

「春日はそんなところに行かないでね」
「…ああ、うん、多分」
「……行かないでね」

 呟きながら、うとうとと微睡んでいた葵の髪を、春日はそっと撫でた。

「もし、間違って行っちゃったら、追いかけてきてよ」

 柔らかく囁かれ、葵は頷いた、ような気がした。
 春日の隣はあまりに居心地が良くて、暖かくて、やっぱり眠ってしまった。だから、その後の呟きは聞こえなかった。

「御伽の国で二人っきりっていうのも、悪くないだろ?」

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