その日、旅先から帰ってきた春日は真っ直ぐに葵に会いに来た。それから暗くなるまで、ずっと側にいてくれた。
日が暮れたとき、彼は帰ると言い出したが、葵がそれを引き留めたのだ。いくら奔放に暮らしている春日とはいえ、帰ってきたならばまず実家へ行くべきだ。けれど、葵は甘えた。久しぶりに会えたのだから、と。
両親は苦笑しながら、春日の分の夕食も用意してくれた。
妹の若桜が眠ってからも、しばらくは話を続けていた。
春日は話すのが上手い。いつの間にか引き込まれてしまうのが常だ。その上、彼の話は大抵が実体験であるから、彼自身を知れるような気がして、おとなしく聞き入ってしまうのだ。
「そういえば、こんな話を聞いたよ」
そう言って、春日が話したのはどこかの国の御伽話だった。
世界のどこかに、御伽の国への扉が隠れている。その扉をくぐった人は、こちらの世界には帰って来れない。御伽の国は常春の世界で、幸せに暮らせるが、平坦な生活はどこか苦痛に満ちている。
そんな内容だったが、葵はよくわからない話だと思った。眠かったこともあるが、御伽話にしては堅苦しい。ストーリーも面白くはない。
けれど、思った。
「春日はそんなところに行かないでね」
「…ああ、うん、多分」
「……行かないでね」
呟きながら、うとうとと微睡んでいた葵の髪を、春日はそっと撫でた。
「もし、間違って行っちゃったら、追いかけてきてよ」
柔らかく囁かれ、葵は頷いた、ような気がした。
春日の隣はあまりに居心地が良くて、暖かくて、やっぱり眠ってしまった。だから、その後の呟きは聞こえなかった。
「御伽の国で二人っきりっていうのも、悪くないだろ?」
日が暮れたとき、彼は帰ると言い出したが、葵がそれを引き留めたのだ。いくら奔放に暮らしている春日とはいえ、帰ってきたならばまず実家へ行くべきだ。けれど、葵は甘えた。久しぶりに会えたのだから、と。
両親は苦笑しながら、春日の分の夕食も用意してくれた。
妹の若桜が眠ってからも、しばらくは話を続けていた。
春日は話すのが上手い。いつの間にか引き込まれてしまうのが常だ。その上、彼の話は大抵が実体験であるから、彼自身を知れるような気がして、おとなしく聞き入ってしまうのだ。
「そういえば、こんな話を聞いたよ」
そう言って、春日が話したのはどこかの国の御伽話だった。
世界のどこかに、御伽の国への扉が隠れている。その扉をくぐった人は、こちらの世界には帰って来れない。御伽の国は常春の世界で、幸せに暮らせるが、平坦な生活はどこか苦痛に満ちている。
そんな内容だったが、葵はよくわからない話だと思った。眠かったこともあるが、御伽話にしては堅苦しい。ストーリーも面白くはない。
けれど、思った。
「春日はそんなところに行かないでね」
「…ああ、うん、多分」
「……行かないでね」
呟きながら、うとうとと微睡んでいた葵の髪を、春日はそっと撫でた。
「もし、間違って行っちゃったら、追いかけてきてよ」
柔らかく囁かれ、葵は頷いた、ような気がした。
春日の隣はあまりに居心地が良くて、暖かくて、やっぱり眠ってしまった。だから、その後の呟きは聞こえなかった。
「御伽の国で二人っきりっていうのも、悪くないだろ?」
コメント