すでに日は落ち、辺りにガス灯の光が瞬き出す頃。
 オープンカフェの一席に、一人の男が腰を下ろしていた。彼の目の前には白い生クリームに包まれたワッフルが、マイセンの皿の上に鎮座している。僅かに恥じらいを含んだかのように、クリームとストロベリーソースの合間から、丁寧に生地がのぞいている。
 彼はナイフとフォークを使い、優雅にそれを切り分けると、なにやら神妙な面持ちで、その一切れを口に運んだ。
 口の中に広がるのは、甘さを控えたクリームと、ストロベリーソースの絶妙な舌触り。そして柔らかなワッフルと、その下に少しだけ侍らされたカスタードクリーム。
 それらを堪能し、彼は静かに、顔をほころばせた。
 それを見た妙齢のご婦人や、瑞々しい少女が頬をそっと赤らめた。理由は単純だ。彼がとても美しかったからである。
 年の頃は二十代半ばといった辺りだろう。
 タキシードに包まれた身体は、どちらかと言えば細身ではあるが、脆弱な気配は全くない。ガス灯に照らされる髪は、一見黒に見えるが、よくよく見ると微かに紫を帯びている。同じように、瞳も黒に近い青。彼は神秘的な雰囲気が漂う青年だった。
 けれどその近寄りがたさは、甘い物に舌鼓を打つ姿によって、薄められている。ご婦人方など、声をかけたいが、はしたないと思われたくないと真剣に思いながら、ちらりちらりと熱い眼差しを送っているのだ。

 今日の副菜を食べ終えた青年は、黒に近い青の瞳をぐるりと巡らせた。そうすると、彼の周囲にいる女性達の姿が嫌と言うほど目に入る。だが、彼はそれを嫌と思ったことなど一度もない。むしろ嬉しいくらいだ。
 一人一人、目を合わせないように観察し、彼は一人の少女に目をとめた。
 年はまだ若い。二十歳にはなっていないだろう。柔らかそうなな白い肌をしている。襟ぐりの大きなドレスを身に纏い、栗色の髪をまとめ上げているので、華奢な項と首筋が露わになっている。その細い首筋に惹かれた。
 立ち上がり、少女に近づくと、彼女は心底驚いた顔をして、そっと頬を赤らめた。その若く瑞々しい仕草は、実に愛らしいと青年は思う。
 一言二言、言葉を交わし、ご一緒しませんかと告げると、彼女はみるみるその白い首筋を赤く染め、潤んだ瞳で頷いた。
 彼はその赤くなった首筋を見つめ、それでも矢張り色の白い肌の下で脈動する、頸動脈に目を細めた。それは今すぐ、この場で口づけてしまいたい欲求を覚えるほどに、可憐で美しく、甘い香りを放っていた。
 少女の手を取り歩きながら、彼は月に向かって笑った。
 今日の主菜には、とても満足できそうだ。

 これが甘党な吸血鬼の、愛すべき日常。

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