綺麗な、とても綺麗な夢を見ていた。

 透明な水が流れ、溢れ出る世界に、僕が一人で住んでいる。見渡す限り、そこは水しかない世界。水で作り上げられた宮殿と庭。
 そして水ではない僕。
 たった一人。

 水でできた床の上を歩く。ぴちゃりぴちゃりと、足音が微かに聞こえた。
 一歩ずつ足を踏み出すごとに、身体が軽く沈み込んでしまう。
 このままずっと立ちつくしていたら、僕は沈んでいってしまうんじゃないだろうか。そんな恐れが、心のどこかにあったような気がする。けど、本当はそんなおそれは微塵もなかった。怯えると言うことを、僕は知らなかったから。
 そうして歩いていくと、今度は庭が目の前に広がる。
 水でできた地面と芝生、咲き乱れる透明な花々。
 地面は床よりも柔らかい気がした。一瞬沈み込んだ足を、跳ね返してくれるような、弾力性がある。優しい。そんな気がした。
 けれど透明な花々だけは、僕の目を痛めた。
 なぜだかわからないけれど、とても悲しかった。とても痛かった。とても苦しかった。なぜだかわからないけれど。
 そっと水でできた花弁に触れる。
 それは暖かかった。日溜まりのように、柔らかな熱を持っていた。けれど、とても弱かった。
 触れた瞬間にこぼれ落ちてしまうほどに。

 僕は泣いた。
 たった独りで泣いた。
 たった独りで、涙を流し続けた。叫び続けた。声の限り、喉がかれるまで。
 僕という存在が、無くなるまで、涙を流した。僕の全てが涙となって、流れ落ちてしまうまで。
 僕は消えた。
 涙の海に沈んだ。

 とても綺麗な夢を見ていた。
 自分のことだけを考えて、可哀想なものを哀れんで、透明なものに溶けてしまうような、そんな夢を見ていた。
 けれど僕は、とても悲しい夢を見ていたのかもしれない。
 触れただけで零れてしまった、あの美しい花のように。

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