キスできる?
 そう尋ねると、エリックは大袈裟なくらいに驚いた顔をした。それから渋面になって、少し怒ったような声を上げた。

「お前は、マリアが好きだったんじゃないのか?」
「好きだったわ。とてもね」
「……じゃあ、どうして」

 馬鹿なエリック。そんなことも判らないなんて。
 でもそんな愚かさが、あたしはとても好きだった。勿論今でも好きだけど、あの頃とは少し形が違う。
 あたしがマリアに抱いた思いっていうのは、とても簡単なものだった。守りたい。甘やかしたい。抱きしめたい。幸せにしてあげたい。最上級の庇護欲。
 そしてエリックに対して抱いた思いは、もっと簡単だった。

「あたしのこと、好きだったでしょう?」
「…………」

 言葉に詰まる不器用さ。彼のそんなところが、昔から変わっていないことに、少しだけ安堵を覚えたのは、どうしてなんだろう。
 否定すればいいのに。そんなことはなかったって。そうすれば楽に終わるのに。
 けれど、自分の心を曲げることを良しとしない、彼のそんな性格。変わっていない、あたしが好きだった性格。

「あたしはエリックも好きだったのよ。マリアとは違うところで」

 呟いた言葉は、どこか虚ろだった。らしくない。

「……できない」

 しばらく続いた沈黙の後、エリックが紡いだ言葉は、自棄に的はずれのように見えた。けれど多分、一番確信をついた言葉だったんだと思う。

「……あたしは貴方のそんなところが好きよ」

 マリアとはやっぱり違うところで。
 間違いなく貴方が好きで、けれどあのとき、貴方を選べなかったことも事実。そうしてそのことを、これっぽっちも悔しかったり、後悔なんてしていないことも。

 だから立ち上がり、彼とすれ違うその瞬間。
 エリックの肩口に、唇をかすらせた。

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