『All of me』
2004年7月1日 夏 気分が滅入っていた。
泣いて幾分すっきりしたとはいえ、きっと非道い顔をしている。こんな日はもう寝てしまおう。そう思ったけれど、実際は眠れず、私は一人小さく溜息を吐き出した。
仕方がないことなのだ。それにもう、ほとんど全部終わってしまったことなのだから。
本日、何度目か、もう数え切れない溜息をもう一度吐こうと息を溜めた瞬間、あり得ない程大きなノックが聞こえ、吐き出しかけた息を思わず飲み込んでしまった。
「……なに?」
答えがないことは分かっていたし、何が起きているかもなんとなく予想はついた。
ちらりと目をやると、時計は午前二時。
こんな時間に、こんな力の限り他人の部屋をノックするような知り合いは、一人しかいない。
それははた迷惑なほどに明るくて、煩くて、元気で、少し羨ましくもあるけど、時には面倒で煩わしい隣の部屋の親友以外にいない。
いつもなら開けても構わないのだけれど、さすがに今は顔を合わせる気にはなれない。きっと彼女はいつものような明るい顔と声で、笑いかけてくるのだろう。その笑顔を見ても、多分今は笑えない。
そう思って黙っていたけれど、ノックの音は大きくなる一方だった。おまけに開けろとなんとか、そんな声まで聞こえ始めて、私は仕方なく立ち上がった。
「深夜の酔っぱらいよりタチが悪いじゃない…」
勿論、深夜の酔っぱらいを見たことがあるわけじゃないけれど、このままじゃ近くの部屋の人に迷惑がかかるし、顔を出して、帰ってもらえば良い。そう思って、ドアを開けた。
その瞬間、
「遅い!」
ナツは無茶苦茶なことを言い放った。
本当にこういうところは常識を疑ってしまう。深夜に人の部屋にやってきて、ドアを開けたらこんな第一声。カルチャーショックって、こういうことを言うんだろうかと、そんなことをふと思った。
「…今、何時だと思ってるの?」
少し呆れながら言っても、彼女はけろりとした顔で午前二時と言い放つ。だからどうしたと言わんばかりのその偉そうな態度は、どこか清々しい。こう感じてしまう辺り、かなり彼女に毒されてる気もするけれど。
「で、入れて。飲もう」
「……はぁ?」
ぽかんと口を開けている間に、ナツはさっさと私の部屋に上がり込んだ。その後ろ姿を二、三秒見送り、彼女が腕にビニール袋を下げていることにやっと気がついた。そのコンビニのマークが入ったビニールに透ける、色取り取りの缶の存在も。
「……どうしたの?」
何に呆れるべきなのか、それが分からなくて、間の抜けた質問を繰り返すと、ナツは振り向いて笑った。大きな猫のような目を、少し細めて。いつもと違う笑い方だと、咄嗟に気づいた。
「失恋したときっていったら、飲まなきゃダメでしょ?」
そう言って、また笑った。やっぱりいつもと少し違う。少し儚い笑い方だった。
その笑い方が印象的過ぎて、何を言われたのか理解するまでに少し時間がかかって、やっぱり気づけば、私は彼女のペースに巻き込まれていた。
泣いて幾分すっきりしたとはいえ、きっと非道い顔をしている。こんな日はもう寝てしまおう。そう思ったけれど、実際は眠れず、私は一人小さく溜息を吐き出した。
仕方がないことなのだ。それにもう、ほとんど全部終わってしまったことなのだから。
本日、何度目か、もう数え切れない溜息をもう一度吐こうと息を溜めた瞬間、あり得ない程大きなノックが聞こえ、吐き出しかけた息を思わず飲み込んでしまった。
「……なに?」
答えがないことは分かっていたし、何が起きているかもなんとなく予想はついた。
ちらりと目をやると、時計は午前二時。
こんな時間に、こんな力の限り他人の部屋をノックするような知り合いは、一人しかいない。
それははた迷惑なほどに明るくて、煩くて、元気で、少し羨ましくもあるけど、時には面倒で煩わしい隣の部屋の親友以外にいない。
いつもなら開けても構わないのだけれど、さすがに今は顔を合わせる気にはなれない。きっと彼女はいつものような明るい顔と声で、笑いかけてくるのだろう。その笑顔を見ても、多分今は笑えない。
そう思って黙っていたけれど、ノックの音は大きくなる一方だった。おまけに開けろとなんとか、そんな声まで聞こえ始めて、私は仕方なく立ち上がった。
「深夜の酔っぱらいよりタチが悪いじゃない…」
勿論、深夜の酔っぱらいを見たことがあるわけじゃないけれど、このままじゃ近くの部屋の人に迷惑がかかるし、顔を出して、帰ってもらえば良い。そう思って、ドアを開けた。
その瞬間、
「遅い!」
ナツは無茶苦茶なことを言い放った。
本当にこういうところは常識を疑ってしまう。深夜に人の部屋にやってきて、ドアを開けたらこんな第一声。カルチャーショックって、こういうことを言うんだろうかと、そんなことをふと思った。
「…今、何時だと思ってるの?」
少し呆れながら言っても、彼女はけろりとした顔で午前二時と言い放つ。だからどうしたと言わんばかりのその偉そうな態度は、どこか清々しい。こう感じてしまう辺り、かなり彼女に毒されてる気もするけれど。
「で、入れて。飲もう」
「……はぁ?」
ぽかんと口を開けている間に、ナツはさっさと私の部屋に上がり込んだ。その後ろ姿を二、三秒見送り、彼女が腕にビニール袋を下げていることにやっと気がついた。そのコンビニのマークが入ったビニールに透ける、色取り取りの缶の存在も。
「……どうしたの?」
何に呆れるべきなのか、それが分からなくて、間の抜けた質問を繰り返すと、ナツは振り向いて笑った。大きな猫のような目を、少し細めて。いつもと違う笑い方だと、咄嗟に気づいた。
「失恋したときっていったら、飲まなきゃダメでしょ?」
そう言って、また笑った。やっぱりいつもと少し違う。少し儚い笑い方だった。
その笑い方が印象的過ぎて、何を言われたのか理解するまでに少し時間がかかって、やっぱり気づけば、私は彼女のペースに巻き込まれていた。
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