『泣かないで』

2004年9月28日
 泣けない人の涙は、きっとなによりも透明で冷たいに違いない。

 テレビドラマの名場面。
 白い病室の中で、死に行く人の手を握り、死なないでと訴えかける感動のシーン。見ているこちらまで、目頭が熱くなってぽろぽろと涙がこぼれ落ちてくる。
 それなのに、この親友と来たら。
 床に寝そべり、雑誌を適当にめくっては、つまらなさそうな顔をしている。見たい特集があるとか言っていたはずなのに。思ったよりも面白くなかったのだろう。
 そんな彼女のことは見ないことにして、テレビに集中することにした。
 どうやったって、涙は止まらない。

 ふと。
「――私が死んでもさ」
 声が聞こえた。
「泣かないで良いからね」
 何を言ってるの?

 全ての音が消えたような気がした。
 あれだけ見入っていたテレビさえ、どこか遠い存在のように感じられる。私はきっと、とても間の抜けた顔で親友を見ていたに違いない。
 そんな彼女は、面倒くさそうに雑誌から顔を上げ、平然と言った。

 「私はユウが死んでも、泣けないから」

 明日は雨だ、とか。そんな調子の声で、彼女はとんでもないことを言い放った。泣いて欲しいとか、そういうんじゃなくて、そういうことは言葉にするものじゃないだろう。そう思った。
 けれど彼女は言ってしまった。
 それもごく当然のように。何の不思議もないかのように。
 それからまた、雑誌に視線を移し、さらりと話題を変えた。

 どうしてこの人は。
 こんなにも一人でいられるのだろう。

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