『美しい人』

2004年11月15日 魔女
 崖の端に立ち、赤毛の魔女は美しく微笑んだ。全てを知り尽くし、それでも尚全てを愛し、憎むと同時に包み込むような笑み。これほど美しい微笑みを見るのは、長く生きた天使でさえ、二度目だった。
 一度目は、魔女の祖先にあたる人のものだった。
 呪いの中で生まれた黒い髪の魔女。幼い少女との別れの際、彼女が浮かべた微笑み。
 それが蘇ったかのような気がした。

「貴方を自由にしてあげる」

 柔らかな声が、耳朶をそっとなで上げた。
 声を荒げる訳でもなく、どちらかと言えば囁くかのような声音にも関わらず、魔女の声は崖からの風の音にも負けず、はっきりと聞こえる。
 吹き上げる風に揺れる髪を抑えながら、魔女は静かに笑っていた。
 時間が止まったかのような、感覚の後。

 夕陽が沈みはじめた。
 遠くに見える水平線が、キラキラと赤い光を反射させながら、揺らめいている。何かを誘うかのように。さざめきながら、手を振っている。
 世界が真紅に染まり、魔女の赤い髪が空に溶けた瞬間。

「私の手で、貴方を自由にしてあげる」

 魔女は空を飛んだ。
 そして、世界に溶けた。

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