『届かない背中』

2004年11月27日
 伸ばした指先は、もう。

 赤い夢を見た。
 夕焼けに染められた真っ赤な世界。永遠に続きそうな程に穏やかで、日常的で、愛おしい日々が、その中に描かれていた。響く笑い声と、歓声。
 ここで私の視界は動きを止めた。まるで大きなスクリーンを見ているような感覚。ただ、歩いていくあの子を静かに見送った。行ってしまう。だけど、それだけ。
 そしてエンジン音とブレーキ音。
 世界を引き裂く、甲高い悲鳴にも似た、鳥の羽音。
 改めて呆然と立ちすくむ私の視界から、突如として消え去ったあの子。
 たった一歩を踏み出せず、立ちすくむ足とは裏腹に、指先だけが何かを求めて彷徨った。冷えた空気の中に、一欠片の体温を求めて。

 夢から覚めて。
 私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。視界の端に、まだ赤い風景が残っているような気がした。
 夢はこの上なくリアルで、自分の記憶をしっかりと再現していたけれど、やはり夢でしかなかった。そこには悲しみなんか残っていない。寂しさも優しさも、全部あのときに亡くしてしまったのだと思う。
 だから今更、赤い景色を思い出して、涙するわけでも、朝から落ち込むこともない。元々、私はそういう性格なのだ。
 赤かった世界が壊れて、世界が変わったとか、そういうことは何一つなかった。私も別に変わらなかった。何かが足りなくなっただけだった。

 ただ。
 歩いていくあの子の背中に、届かなかった指先だけが、冷え切って何かを求めていた。

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切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html

04 届かない背中

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