『記憶』

2004年12月2日
 忘れられないことなんて、一つもない。
 ただ、一つだけ。

 手の中で携帯電話が高らかに歌い上げた。音質の良い電子音が、この前ダウンロードしたばかりの洋楽を鳴らしている。メールが来たらしい。
 何も考えず、携帯を開く。メールを読んで、私は少し首を傾げた。
 この人は、誰だろう。
 送り先を間違えたのかと一瞬思ったけれど、本文の中には私の名前があるし、親しみを込めた文章が書かれている。ふんだんに使われた絵文字と顔文字を、ぼうっと流し見てから、差出人の名前を見て、やっぱり私は首を傾げた。
 差出人の欄には名前が書かれていた。ということは、私はこのアドレスを登録している訳で、つまり知り合いなのだろう。
「誰だっけー…」
 呟きながら、アドレス帳をくるくるめくって、私は「あ」と声を上げた。
「中学ん時の友達だ」

 こういうことがあったんだと、話したらきっと親友は眉を顰めるだろうなぁ。そんなことを思いながら、何も考えず返信のメールを打った。
 一度名前を思い出せば、その人のことはなんとなくわかる。記憶の底から色々な物を引っ張り出せるけれど、名前を忘れてるって結構致命的なことだと思った。
 元々、私はあまり人のことを覚えていないらしい。興味がないと言ってしまえば、それまでなのだけれど。
 送信完了の文字を見届けて、携帯をポケットにしまった。
 いつかは忘れてしまう。
 それが今だっただけで、どちらかと言えば思い出せた分だけ、良いと思う。

 忘れられないことなんて一つもない。
 痛いことも悲しいことも、全部忘れて、それでも私は生きているんだから。

+ + + + + +

切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html

07 記憶

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