『砂時計』

2004年12月4日
 さらさらと流れ落ちて、行き着く先は。

 「お邪魔しまーす」
 挨拶を一つして、私は玄関をくぐった。声が自然と楽しそうになっているのは、事実楽しみだから。人の家に行くのは、いつだって楽しい。自分とは違う空間というものが、とても面白いし、新鮮だから。
 私より一歩先に、自分の家のドアをくぐったシュウ君は、ちょっと笑って、いらっしゃいと返事をしてくれた。
「先行ってて、階段上って右の部屋」
「はーい」
 靴を脱いでいると、シュウ君が言った。適当に返事をしながら、一度床に置いた鞄をもう一度手にとって、遠慮なく私は階段を上った。
 シュウ君の家は、静かで人の気配なかった。今はみんな留守にしているらしい。鍵を開けたのはシュウ君で、私達は一緒に此処に来た訳だから、当たり前のことだけれど。
 階段を登り終わると、右側にドアが一つ。なんとなくノックをしてから開けて、私は顔をほころばせてしまった。
 シュウ君の部屋だ。見ればわかる。
 バスケ一色で染まった部屋。派手さはないけれど、まとまりもちょっと薄い。壁に大きく貼られたM.ジョーダンのポスターと、置き場所に困ったように床に転がるオレンジの大きなボール。
 ああ、シュウ君だなぁって思った。

 床に座って、窓際に置かれたベッドに寄りかかった。足下に転がったボールを、軽く蹴ったところで、シュウ君がやってきた。
「お邪魔してるよー」
 私は手をひらひらと振りながら、一応言った。
 シュウ君はやっぱりちょっと笑った。彼のこの顔が私はとても好きだと思う。苦笑にも似た、しょうがないなぁと妥協するようで、甘やかしてくれる笑い方。優しくて、柔らかくて、甘くて、私の何かを掴んで離さない笑み。
 彼は静かに私の隣に座って、冷えたファンタを差し出してくれた。水滴が張り付いた缶は、冷たくて一瞬時間をそっと止めた。
「サンキュ」
「おう」
 プルタブをこじ開け、缶を傾けると、口の中で泡が弾けて消えた。チクチクとした感触と、喉に絡む甘さを残して。
 全部消えていった。

 それから私達は、止めどなくくだらない話を続けた。
 授業のこと。部活のこと。友達のこと。学校の噂話からテレビの話題、好きな歌手の新曲から流行りのドラマまで。
 それはその場を持たせるだけの、意味のない言葉の数々でしかなかったかもしれない。けれど、私達は確かにその空間に幸せを感じ、穏やかで優しい時間を過ごして、笑いあった。
 それから――

 さらさらと流れ落ちる砂が、タイムリミットをむかえるように、そっと一瞬、触れあった。

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切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html

09 砂時計

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