「さよなら」

2004年12月8日
 さよなら。
 たった一言、それだけで。

 たとえ話だけれども。
 もしも、千夏が事故にあわず、私と二人で元気にはしゃいでいたなら、シュウ君は私を選んだのだろうか。本当に私を好きになったのだろうか。全く同じケーキが二つあったとして、そのどちらかを選ぶようなものなんじゃないのだろうか。ただの二分の一。
 そういうことを、ふと考えては良くないなぁと思ったのは、秋が終わりに近づきはじめた頃だった。風が冷たく、ジャケットの襟を思わず立てたくなった。
 吹き付ける風は、ひゅるひゅると音を立て、空っぽの私を通り抜けていった。

 私とシュウ君は相変わらずで、手を繋いだり、時には腕を組んだりしながら、仲睦まじくやっていた。冷たい空気にさらされる中、シュウ君の掌がなによりも力強く感じられた。その体温が、何かの道標のように感じられた。
 その熱を離したくなくて、指先に力を込めた。
「どうかした?」
 不意に押し黙ってしまった私を見て、シュウ君が小さく首を傾げた。日頃、煩い程に喋る私だから、静かになるとそれだけで他人には驚かれる。よくあること。
「温かいなって」
 それだけ呟くと、何故だか心がぎゅっと熱くなった。胸の真ん中を鷲掴みにされたような痛み。じわじわと広がり、それは収まる様子を見せないまま、微かな甘さを感じさせた。
「そりゃ、冷え性のお前に比べれば」
 シュウ君は屈託なく笑った。私に気を遣ってくれたのかもしれない。いや、きっと彼のことだから、私を心配したのだろう。
 けれど私は、久々に味わうなんだかわからない痛みに、ただ呆然とするばかりで、どうすればいいのか、それがさっぱりわからなかった。その上、これが本当に痛みであるのか、それさえもはっきりとわからなくなってきた。

 元々、私の痛みを感じ取るのは千夏で、千夏は痛がる私を思って傷ついた。そうして、その千夏の痛みを感じ取るのが私で、あの子が何故痛がっているのか瞬時に察し、そうか私は傷ついているのかと思っていた。
 だから今、私はこの痛みの理由がわからない。無理矢理にでも言葉にしてしまえば、何かの型にはめてしまえるから、楽になれるような気はするのだけれど。本当に痛みを持っているのか。不思議で仕方がない。
 千夏がいなくなってからは、私に誰も痛みを教えてくれないから、どんどん鈍感になっていっていた。だからもう、わからないし、わからなくてもいいと思っていた。

 「シュウ君」
「ん?」
「寒いよ」
 ぽつりと言い訳のように呟き、もっと強く彼の手を握りしめた。
 私の手に触れる熱に、ふと火傷しそうだと思った。それから、ああ、泣ければいいのにと。静かに願った。

 温かい指先と、私の冷えた体温が交わるたび、何かが終わり、私は冬の始まりと、別れの季節を思った。

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切ない30の言葉達
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12 「さよなら」

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