優しい掌。
愛しい温もり。
家の中でごろごろしていたら、兄貴が帰ってきた。
「おかえりー」
読んでいた雑誌から顔を上げて言うと、ただいまと低い声が聞こえた。私の猫のような目とは少しも似ていない、兄貴の黒い切れ長の目が静かに笑う。
私と兄貴はあまり似ていない。少なくとも、シャム猫とシベリアンハスキーくらいに違うと思う。どっちが猫で犬かなんて、言わなくてもみんなわかってしまうくらいに。
しっかり者で責任感があるから、私達のことを一手に引き受けてくれる兄貴は、両親以上に親らしい。それでいてやっぱり兄妹だから、父母よりも親しめて、仲が良い。私の大好きな人。
社会人一年生の兄貴は、ネクタイを緩めながらリビングに入って来て、私の頭をくしゃっと撫でた。
「兄貴ー」
ソファに座ったまま、首を反らせると、夕飯を食べようとテーブルに座った兄貴が見えた。どうかしたかという目で、見られて、なんとなく私はばつが悪い気がした。
「ユキにぃ」
もう一度、今度は少し弱気に、古い呼び名で兄を呼んだ。どうしてそこまでしつこく声をかけるのかと、もし聞かれたら、私は利用なんてないって答える。本当になんでもない。ただ、どうしてか呼びたかった。
懐かしい名前に何か思ったのか、兄貴は何も言わず私の方へ来て、ソファーのとなりに座った。柔らかいソファーが、ぎしりと凹み、その反動が私にまで伝わってくる。
「どうした?」
耳障りの良い低い声。
昔から、私の心の真ん中を捕らえて離さない声。
少し、優しくされた瞬間、色々なことに気づいてしまい、私は隣に座った兄貴にぎゅっとしがみついた。
「ちょっと甘えたい気分」
笑いながら、兄貴の身体に腕を回して、その温もりに溺れた。柔らかすぎる体温は、私が生まれた時から、ずっと私を見守っていてくれたものだ。
兄貴はさっきよりもずっと優しく、私の頭を撫でてくれた。それから片方の手をそっと握って、子供をあやすようによしよしと呟いてくれた。
「寂しい?」
「ううん、なんにも」
暖房で暖められた、偽物の空気が私達を包んだけれど、心はまだどこか寒い外を彷徨っている気がした。
そうして、そんな私の手を握っているのは、兄貴ではない。
それがきっと、私が甘えたかった理由。
シュウ君。
兄よりも小さく、熱い掌を思い出して、私はまた優しい体温に身を任せた。
+ + + + + +
切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html
13 繋いだ手
愛しい温もり。
家の中でごろごろしていたら、兄貴が帰ってきた。
「おかえりー」
読んでいた雑誌から顔を上げて言うと、ただいまと低い声が聞こえた。私の猫のような目とは少しも似ていない、兄貴の黒い切れ長の目が静かに笑う。
私と兄貴はあまり似ていない。少なくとも、シャム猫とシベリアンハスキーくらいに違うと思う。どっちが猫で犬かなんて、言わなくてもみんなわかってしまうくらいに。
しっかり者で責任感があるから、私達のことを一手に引き受けてくれる兄貴は、両親以上に親らしい。それでいてやっぱり兄妹だから、父母よりも親しめて、仲が良い。私の大好きな人。
社会人一年生の兄貴は、ネクタイを緩めながらリビングに入って来て、私の頭をくしゃっと撫でた。
「兄貴ー」
ソファに座ったまま、首を反らせると、夕飯を食べようとテーブルに座った兄貴が見えた。どうかしたかという目で、見られて、なんとなく私はばつが悪い気がした。
「ユキにぃ」
もう一度、今度は少し弱気に、古い呼び名で兄を呼んだ。どうしてそこまでしつこく声をかけるのかと、もし聞かれたら、私は利用なんてないって答える。本当になんでもない。ただ、どうしてか呼びたかった。
懐かしい名前に何か思ったのか、兄貴は何も言わず私の方へ来て、ソファーのとなりに座った。柔らかいソファーが、ぎしりと凹み、その反動が私にまで伝わってくる。
「どうした?」
耳障りの良い低い声。
昔から、私の心の真ん中を捕らえて離さない声。
少し、優しくされた瞬間、色々なことに気づいてしまい、私は隣に座った兄貴にぎゅっとしがみついた。
「ちょっと甘えたい気分」
笑いながら、兄貴の身体に腕を回して、その温もりに溺れた。柔らかすぎる体温は、私が生まれた時から、ずっと私を見守っていてくれたものだ。
兄貴はさっきよりもずっと優しく、私の頭を撫でてくれた。それから片方の手をそっと握って、子供をあやすようによしよしと呟いてくれた。
「寂しい?」
「ううん、なんにも」
暖房で暖められた、偽物の空気が私達を包んだけれど、心はまだどこか寒い外を彷徨っている気がした。
そうして、そんな私の手を握っているのは、兄貴ではない。
それがきっと、私が甘えたかった理由。
シュウ君。
兄よりも小さく、熱い掌を思い出して、私はまた優しい体温に身を任せた。
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