『繋いだ手』

2004年12月12日
 優しい掌。
 愛しい温もり。

 家の中でごろごろしていたら、兄貴が帰ってきた。
「おかえりー」
 読んでいた雑誌から顔を上げて言うと、ただいまと低い声が聞こえた。私の猫のような目とは少しも似ていない、兄貴の黒い切れ長の目が静かに笑う。
 私と兄貴はあまり似ていない。少なくとも、シャム猫とシベリアンハスキーくらいに違うと思う。どっちが猫で犬かなんて、言わなくてもみんなわかってしまうくらいに。
 しっかり者で責任感があるから、私達のことを一手に引き受けてくれる兄貴は、両親以上に親らしい。それでいてやっぱり兄妹だから、父母よりも親しめて、仲が良い。私の大好きな人。
 社会人一年生の兄貴は、ネクタイを緩めながらリビングに入って来て、私の頭をくしゃっと撫でた。

 「兄貴ー」
 ソファに座ったまま、首を反らせると、夕飯を食べようとテーブルに座った兄貴が見えた。どうかしたかという目で、見られて、なんとなく私はばつが悪い気がした。
「ユキにぃ」
 もう一度、今度は少し弱気に、古い呼び名で兄を呼んだ。どうしてそこまでしつこく声をかけるのかと、もし聞かれたら、私は利用なんてないって答える。本当になんでもない。ただ、どうしてか呼びたかった。
 懐かしい名前に何か思ったのか、兄貴は何も言わず私の方へ来て、ソファーのとなりに座った。柔らかいソファーが、ぎしりと凹み、その反動が私にまで伝わってくる。
「どうした?」
 耳障りの良い低い声。
 昔から、私の心の真ん中を捕らえて離さない声。

 少し、優しくされた瞬間、色々なことに気づいてしまい、私は隣に座った兄貴にぎゅっとしがみついた。
「ちょっと甘えたい気分」
 笑いながら、兄貴の身体に腕を回して、その温もりに溺れた。柔らかすぎる体温は、私が生まれた時から、ずっと私を見守っていてくれたものだ。
 兄貴はさっきよりもずっと優しく、私の頭を撫でてくれた。それから片方の手をそっと握って、子供をあやすようによしよしと呟いてくれた。
「寂しい?」
「ううん、なんにも」
 暖房で暖められた、偽物の空気が私達を包んだけれど、心はまだどこか寒い外を彷徨っている気がした。
 そうして、そんな私の手を握っているのは、兄貴ではない。
 それがきっと、私が甘えたかった理由。

 シュウ君。
 兄よりも小さく、熱い掌を思い出して、私はまた優しい体温に身を任せた。

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切ない30の言葉達
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13 繋いだ手

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