ためらって、とまどって。
銀色のブレスレットが高い音を上げた。
今年の兄貴からのバースディプレゼントは、ティファニーのブレスレットだった。もちろん、ねだったのは私だけれど、まさか本当に買ってもらえるとは少しも思っていなかった。大抵の我が儘は聞いてくれるけれど、これに関しては欲しいなぁと一言言っただけだし。
それにしたって高いものだし、妹にあげるくらいなら、恋人にあげた方が良いんじゃないかと思う。ねだっておいてなんだけど。
でもさっちゃんに聞いてみたら、今年はカルティエのリングをもらったらしい。話を聞いた限りだと、どうも私がもらったものよりもずっと高いらしい。なるほど。それならば彼氏としての面目はしっかり保てている筈だろう。
何はともあれ、大好きな兄貴からの、嬉しいプレゼント。大事にしようと本当に思った。
きらきらした細いチェーンにつけられた、三つのハート。可愛らしいけれど、オトナっぽい。まだまだ子供の私には、あまり似合っていないかもしれない。まぁ、それだって構わない。
これからオトナになれば良いんだから。
お礼の電話をかけると、兄貴に高かったんだとかそんなことを散々言われた。だけど声が笑っていたから、別にそんなに不満に思っていないことがわかる。ただなんとなく、言っているだけなんだろう。
「でもさっちゃんにカルティエのリングあげたんでしょ? 大盤振る舞いじゃん」
『……聞くなよ、そういうこと』
「やーだ、聞いちゃったもん」
憮然とした声が面白くて、けらけらと笑うと、兄貴が受話器の向こう側で少しだけ溜息を吐いた。
それから、少しだけ声の調子を変えた。
『約束しろとは言わないから――』
「……ん?」
『どこかに行くなよ』
前にも同じようなことを、それでいて正反対のことを、誰かに言われたよ。兄貴。
兄貴は知っているのかな。
ブレスレットの下にある、誰も知らないし、もう跡すら残っていない躊躇い傷を。私でさえ、その存在を忘れかけているし、その当時のことなんてほとんど覚えていない。
ただ、なんとなく、うっすらと傷をつけて。
ほんの少しの痛みに、全てのやる気をなくした。
死にたかった訳じゃない。傷つけたかった訳じゃない。痛みに溺れたかった訳でも、何かに縋り付きたかった訳でもない。ただの、ほんの刹那に訪れた衝動。それだけの傷。
そんなくだらない上に、自分からはどうしたって、何処へも行けない私を貴方は本当に心配しているんだね。
「行けないよ、どこにも」
そういうと、兄貴はちょっとだけ笑って、「嘘吐き」と囁いた。
手首に巻き付いた輪は、私を貴方の元へとどめる鎖。
それでいて、冷えた感触は忘れかけた痛みを、遠くへさらっていってしまった。
+ + + + + +
切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html
18 手首
銀色のブレスレットが高い音を上げた。
今年の兄貴からのバースディプレゼントは、ティファニーのブレスレットだった。もちろん、ねだったのは私だけれど、まさか本当に買ってもらえるとは少しも思っていなかった。大抵の我が儘は聞いてくれるけれど、これに関しては欲しいなぁと一言言っただけだし。
それにしたって高いものだし、妹にあげるくらいなら、恋人にあげた方が良いんじゃないかと思う。ねだっておいてなんだけど。
でもさっちゃんに聞いてみたら、今年はカルティエのリングをもらったらしい。話を聞いた限りだと、どうも私がもらったものよりもずっと高いらしい。なるほど。それならば彼氏としての面目はしっかり保てている筈だろう。
何はともあれ、大好きな兄貴からの、嬉しいプレゼント。大事にしようと本当に思った。
きらきらした細いチェーンにつけられた、三つのハート。可愛らしいけれど、オトナっぽい。まだまだ子供の私には、あまり似合っていないかもしれない。まぁ、それだって構わない。
これからオトナになれば良いんだから。
お礼の電話をかけると、兄貴に高かったんだとかそんなことを散々言われた。だけど声が笑っていたから、別にそんなに不満に思っていないことがわかる。ただなんとなく、言っているだけなんだろう。
「でもさっちゃんにカルティエのリングあげたんでしょ? 大盤振る舞いじゃん」
『……聞くなよ、そういうこと』
「やーだ、聞いちゃったもん」
憮然とした声が面白くて、けらけらと笑うと、兄貴が受話器の向こう側で少しだけ溜息を吐いた。
それから、少しだけ声の調子を変えた。
『約束しろとは言わないから――』
「……ん?」
『どこかに行くなよ』
前にも同じようなことを、それでいて正反対のことを、誰かに言われたよ。兄貴。
兄貴は知っているのかな。
ブレスレットの下にある、誰も知らないし、もう跡すら残っていない躊躇い傷を。私でさえ、その存在を忘れかけているし、その当時のことなんてほとんど覚えていない。
ただ、なんとなく、うっすらと傷をつけて。
ほんの少しの痛みに、全てのやる気をなくした。
死にたかった訳じゃない。傷つけたかった訳じゃない。痛みに溺れたかった訳でも、何かに縋り付きたかった訳でもない。ただの、ほんの刹那に訪れた衝動。それだけの傷。
そんなくだらない上に、自分からはどうしたって、何処へも行けない私を貴方は本当に心配しているんだね。
「行けないよ、どこにも」
そういうと、兄貴はちょっとだけ笑って、「嘘吐き」と囁いた。
手首に巻き付いた輪は、私を貴方の元へとどめる鎖。
それでいて、冷えた感触は忘れかけた痛みを、遠くへさらっていってしまった。
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