いのちづな。
慌ただしい病院の片隅で、私はつま先を見つめていた。
走る医者と看護士。ガラガラと回るキャスターの音が、私の世界から現実感を奪い去っていた。何が本当で、何が嘘なのかが、わからない。それとも、全てが夢なのか。そんな風にぼんやりとしていた。
私の心は、そうやってぐだぐだと死に絶えていた。
何も思わず、何も感じないまま、夢を見ているように、無味無臭の感情を持てあましながら、空を飛んでいた。何かが破れてしまったかのように空っぽで、見つめるつま先にも何一つ意味などなかった。
ただ、なんとなく、呼吸がしにくいと思った。
名前を呼ばれた気がして、ゆっくり顔を上げると兄貴がいた。
「何?」
自分の声が、何処か遠いもののように聞こえた。震えているような気もした。けれど、やっぱりそれは遠くて、遠すぎて、私の声ではなかった。
いつものように、笑ってみせた。頬の筋肉が一瞬、痙攣した気がしたけれど。やっぱり笑った。
兄は一瞬だけ顔を顰め、
「大丈夫か?」
と尋ねた。
「平気」
短く答えて、もう一度笑うと、作りかけた笑顔が音を立てて壊れたような気がした。
それでも笑うと、兄貴はそっと大きな手の平を私の頬に寄せた。
温かいぬくもりに、一瞬からだが震え、思わず逃げそうになった。反射的に、何かがとてつもなく恐ろしく感じられた。
そのくせ、何かに引き寄せられるように、次にその手の平に自ら頬を寄せていた。
そして何かを抜き取られるかのように、小さく溜息が零れた。
小さく疲れたと呟くと、ほんの数秒だけ心が悲鳴を上げた。
私は柔らかな体温に縋り付き、目を閉じて何かを忘れた。
+ + + + + +
切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html
19 縋りつく
慌ただしい病院の片隅で、私はつま先を見つめていた。
走る医者と看護士。ガラガラと回るキャスターの音が、私の世界から現実感を奪い去っていた。何が本当で、何が嘘なのかが、わからない。それとも、全てが夢なのか。そんな風にぼんやりとしていた。
私の心は、そうやってぐだぐだと死に絶えていた。
何も思わず、何も感じないまま、夢を見ているように、無味無臭の感情を持てあましながら、空を飛んでいた。何かが破れてしまったかのように空っぽで、見つめるつま先にも何一つ意味などなかった。
ただ、なんとなく、呼吸がしにくいと思った。
名前を呼ばれた気がして、ゆっくり顔を上げると兄貴がいた。
「何?」
自分の声が、何処か遠いもののように聞こえた。震えているような気もした。けれど、やっぱりそれは遠くて、遠すぎて、私の声ではなかった。
いつものように、笑ってみせた。頬の筋肉が一瞬、痙攣した気がしたけれど。やっぱり笑った。
兄は一瞬だけ顔を顰め、
「大丈夫か?」
と尋ねた。
「平気」
短く答えて、もう一度笑うと、作りかけた笑顔が音を立てて壊れたような気がした。
それでも笑うと、兄貴はそっと大きな手の平を私の頬に寄せた。
温かいぬくもりに、一瞬からだが震え、思わず逃げそうになった。反射的に、何かがとてつもなく恐ろしく感じられた。
そのくせ、何かに引き寄せられるように、次にその手の平に自ら頬を寄せていた。
そして何かを抜き取られるかのように、小さく溜息が零れた。
小さく疲れたと呟くと、ほんの数秒だけ心が悲鳴を上げた。
私は柔らかな体温に縋り付き、目を閉じて何かを忘れた。
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19 縋りつく
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