『縋りつく』

2004年12月25日
 いのちづな。

 慌ただしい病院の片隅で、私はつま先を見つめていた。
 走る医者と看護士。ガラガラと回るキャスターの音が、私の世界から現実感を奪い去っていた。何が本当で、何が嘘なのかが、わからない。それとも、全てが夢なのか。そんな風にぼんやりとしていた。
 私の心は、そうやってぐだぐだと死に絶えていた。
 何も思わず、何も感じないまま、夢を見ているように、無味無臭の感情を持てあましながら、空を飛んでいた。何かが破れてしまったかのように空っぽで、見つめるつま先にも何一つ意味などなかった。
 ただ、なんとなく、呼吸がしにくいと思った。

 名前を呼ばれた気がして、ゆっくり顔を上げると兄貴がいた。
「何?」
 自分の声が、何処か遠いもののように聞こえた。震えているような気もした。けれど、やっぱりそれは遠くて、遠すぎて、私の声ではなかった。
 いつものように、笑ってみせた。頬の筋肉が一瞬、痙攣した気がしたけれど。やっぱり笑った。
 兄は一瞬だけ顔を顰め、
「大丈夫か?」
と尋ねた。
「平気」
 短く答えて、もう一度笑うと、作りかけた笑顔が音を立てて壊れたような気がした。
 それでも笑うと、兄貴はそっと大きな手の平を私の頬に寄せた。
 温かいぬくもりに、一瞬からだが震え、思わず逃げそうになった。反射的に、何かがとてつもなく恐ろしく感じられた。
 そのくせ、何かに引き寄せられるように、次にその手の平に自ら頬を寄せていた。
 そして何かを抜き取られるかのように、小さく溜息が零れた。

 小さく疲れたと呟くと、ほんの数秒だけ心が悲鳴を上げた。
 私は柔らかな体温に縋り付き、目を閉じて何かを忘れた。

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切ない30の言葉達
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19 縋りつく

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