横たわるその場所の名は。
風の音が聞こえる。
何処までも広がる草原を、私は駆け抜けた。どこかに靴を忘れて来たのか、裸足のまま土の大地を蹴り、両手を広げて。
何となく、滑走路を走る飛行機のようだと思って笑った。運動はそれこど好きではないけれど、心が軽いせいか、体もとても軽く飛んで行ける気がした。
「――――」
声が聞こえ、振り返ると千夏がいた。
同じように笑いながら、走って私の方にやってくる。私は少しスピードを緩めた。足は止めなかった。けれど千夏はすぐに追いついて、私と並走した。
無意識のまま手を伸ばすと、ひやりとした千夏の指が絡んできた。一瞬だけ妹の方に目をやると、視線も絡みあった。そうして、にこりと笑いあう。自然にこぼれ落ちた笑いだった。
きっかけもなく、やはり自然に足を止め、二人並んで草原に寝ころんだ。
「空がキレイ」
「青いねー」
「雲もステキ」
「真っ白ー」
馬鹿みたいな意味のない言葉を投げ合い、くすくすと声を潜めて笑った。内緒だね。そう囁き合うかのような静かで、優しくて、二人きりの笑いだった。他の誰も入り込めない空間。心がすっと軽くなる、いつものやりとり。
繋いだ指先はそのままで、そのまま空を眺めた。
青い。
爽やかな青さだった。これから夏に向かっていく初夏の空。もしかしたら春の終わりかもしれないが、そんなことはどうでもいい。言葉にするなら、五月晴れというのがふさわしいだろう。
その静かな青に、ぽつりぽつりと白い雲が浮かんでいる。綿菓子のようなそれは、ふわふわと風に吹かれながら、形を変え音もなく揺らめいている。
「静かだね」
静寂を壊さないように、恐る恐るといったように呟くと、隣で千夏が笑った。空気が震えるように揺れた。見えない彼女の顔が、どんな感情を浮かべているのか、私にはわからない。
しばしの沈黙の後、千夏は透明な声で、私に囁いた。
「誰もいないし、何もないから」
ぱちりと瞬きをすると、そこには青い空も草原も存在しなかった。
薄暗がりの中で、私は目を覚ましたのだ。
カーテンから差し込む朝日が眩しく、瞼の奥で瞳孔がきゅうと縮んだ。
「夢なんて久々だよ…」
青い空と広がる草原の組み合わせなんて、私は実際に見たことない。
その所為だろうか。夢の中の風景は、あまりに穏やかで、爽やかで、静かだった。現実味がまるでない。絵画よりも美しい幻。夢だから当たり前なのだろうけれど。
それなのに、あの素晴らしい景色は、もう私の記憶から消えつつある。久しぶりに見た筈の、夏でない空さえ、もういつもの濃い青に塗りつぶされてしまっている。
記憶にさえ残らないほどに、美しく優しい夢の世界。
あの世界に包まれて眠ったなら、きっと全部嘘にされてしまうのだろうなと。
静かに思った。
+ + + + + +
切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html
22 褥
風の音が聞こえる。
何処までも広がる草原を、私は駆け抜けた。どこかに靴を忘れて来たのか、裸足のまま土の大地を蹴り、両手を広げて。
何となく、滑走路を走る飛行機のようだと思って笑った。運動はそれこど好きではないけれど、心が軽いせいか、体もとても軽く飛んで行ける気がした。
「――――」
声が聞こえ、振り返ると千夏がいた。
同じように笑いながら、走って私の方にやってくる。私は少しスピードを緩めた。足は止めなかった。けれど千夏はすぐに追いついて、私と並走した。
無意識のまま手を伸ばすと、ひやりとした千夏の指が絡んできた。一瞬だけ妹の方に目をやると、視線も絡みあった。そうして、にこりと笑いあう。自然にこぼれ落ちた笑いだった。
きっかけもなく、やはり自然に足を止め、二人並んで草原に寝ころんだ。
「空がキレイ」
「青いねー」
「雲もステキ」
「真っ白ー」
馬鹿みたいな意味のない言葉を投げ合い、くすくすと声を潜めて笑った。内緒だね。そう囁き合うかのような静かで、優しくて、二人きりの笑いだった。他の誰も入り込めない空間。心がすっと軽くなる、いつものやりとり。
繋いだ指先はそのままで、そのまま空を眺めた。
青い。
爽やかな青さだった。これから夏に向かっていく初夏の空。もしかしたら春の終わりかもしれないが、そんなことはどうでもいい。言葉にするなら、五月晴れというのがふさわしいだろう。
その静かな青に、ぽつりぽつりと白い雲が浮かんでいる。綿菓子のようなそれは、ふわふわと風に吹かれながら、形を変え音もなく揺らめいている。
「静かだね」
静寂を壊さないように、恐る恐るといったように呟くと、隣で千夏が笑った。空気が震えるように揺れた。見えない彼女の顔が、どんな感情を浮かべているのか、私にはわからない。
しばしの沈黙の後、千夏は透明な声で、私に囁いた。
「誰もいないし、何もないから」
ぱちりと瞬きをすると、そこには青い空も草原も存在しなかった。
薄暗がりの中で、私は目を覚ましたのだ。
カーテンから差し込む朝日が眩しく、瞼の奥で瞳孔がきゅうと縮んだ。
「夢なんて久々だよ…」
青い空と広がる草原の組み合わせなんて、私は実際に見たことない。
その所為だろうか。夢の中の風景は、あまりに穏やかで、爽やかで、静かだった。現実味がまるでない。絵画よりも美しい幻。夢だから当たり前なのだろうけれど。
それなのに、あの素晴らしい景色は、もう私の記憶から消えつつある。久しぶりに見た筈の、夏でない空さえ、もういつもの濃い青に塗りつぶされてしまっている。
記憶にさえ残らないほどに、美しく優しい夢の世界。
あの世界に包まれて眠ったなら、きっと全部嘘にされてしまうのだろうなと。
静かに思った。
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22 褥
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