二人きりの逃避行。
駆け落ちみたい、と声を潜めて笑い、洒落にならないよとまた笑った。
千夏と二人で、何処か知らない場所へ行こうと計画を立てたのは、ほんの数時間前。何かしたかった訳でも、行きたい場所があった訳でもない。
あえて言うなら、どこかへ行きたかったのだ。
いつものトートバックから、勉強道具を全部放り出して、家にあったお菓子を詰め込んだ。これで準備完了。計画なんて一つもない。学校をサボって、電車に乗ってどこかへ行くというそれだけ。
着替えはかさばるからアウト。制服での旅はあやしすぎるけど、捕まった時はその時。犯罪をおかすつもりはこれっぽっちもないし。
そうやって、わくわくしながら、その日は久しぶりに二人一緒のベッドで眠った。
行ってきまーすといつも以上に元気よく挨拶をし、私達は学校とは逆方向に向かった。最初はゆっくり歩いていた筈なのに、気づけば小走り、駅に着く頃には何かを競い合うように全力で走っていた。
それから一番安い切符を買い、タイミング良くホームにやってきた電車に乗り込んだ。下りの電車だった。
通勤ラッシュということもあり、混み合っている電車。バランスを崩さないようにつり革と手摺りにつかまりながら、携帯電話を取り出して学校に電話をかけた。
体調不良で休みますと言うと、事務員の人はお大事にと言って電話を切ってしまった。電車の揺れる音や、人の話し声、他にも沢山の雑音が混ざっていた筈なのに、適当だなぁと思った。
「でもおかげで楽できるね?」
「まぁね。ありがとーって言わなきゃ」
そして携帯の電源を二人で切った。
JRを自動改札に引っかからないように、何度も何度も乗り換えた。私の鞄からお菓子が全部なくなる頃、やっと望んでいた駅にたどり着き、私達は電車を降りた。
つまり、無人駅。
東京を離れ、結構遠くまで来てしまった。一度降りて、また同じ電車に乗るとか、そういうことを繰り返していたため、すでに時計は午後になっていた。家をでたのは、午前八時過ぎだったのに。
「ごめんなさーい」
少しの罪悪感も持たず、形だけの謝罪をホームに置き去りにした。
駅の周辺は、さすが無人駅というだけあり、一言でいうなら田舎という感じだった。田んぼと畑が一面に広がっている。狭い砂利道を二人で並んで歩くのは、東京生まれ、都会育ちの私達には少し新鮮だった。
ぶらぶらと制服姿で、昼間から歩き回る双子は、遠くから見ても目立ったと思う。だけどその駅周辺にはさっぱり人気がなかった。お腹が減ったねと呟いても、ファーストフードのお店すらない。それだけが辛かった。
「帰ろうか」
柔らかい陽気に包まれ、持ってきたお菓子を全部食べ終えたところで、どちらともなくそう言い出した。
「そうだね」
私か千夏か、どちらかが相槌を打って、また無人駅に戻った。時刻表を見て、一日の本数の少なさに驚いては、大袈裟なまでに笑い、やってきた電車の車両の短さにも笑った。
乗り込んだ先頭車両には、買い物帰りらしい主婦と、営業で仕方なくこの電車を使っているという感じの、サラリーマンぽい人がいるだけだった。私達は一度顔を見合わせてから、一番前のシートの真ん中に並んで座った。
文字通りがたんごとんと揺られる電車の中で、外の景色を眺めていると、少しずつ言葉が消えていった。
私達は、何をしたかったのかはわからない。けれど後悔なんて一つもしていなかったし、これで怒られても少しも堪えないに違いない。それでも胸の奥のどこかが、少しちりちりと疼いたような気がした。
「ノスタルジック?」
「あー…、それかも」
顔を見合わせて、互いの胸に抱えた疼きを見せ合い、一言で結論づけてまた笑った。
私達には笑うことしかできない。
でもさ、と千夏が呟いた。
「二人でいられれば、何でもできるし、きっと何処にでも行けるよね」
「当たり前だよ」
私が即答すると、だよね、と千夏はからりと笑った。五月晴れのように爽やかな笑顔だ。
それからもう一度、少し神妙な顔で、でも、と呟いた。
「一人じゃ、何もできないし、何処にも行けないのかな?」
「そんなことないよ」
私達って強いもん。二人だと最強なだけで、一人でだって強いもの。そんな子供の言い訳みたいなことを言うと、千夏は少し呆れたような顔をした。けれどその目は笑っていたし、やっぱり嬉しそうだった。
そして――
「ずっと一緒にいられるんだしね」
私に優しい嘘を吐いた。
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切ない30の言葉達
http://purety.jp/moment/30w.html
23 優しい嘘
駆け落ちみたい、と声を潜めて笑い、洒落にならないよとまた笑った。
千夏と二人で、何処か知らない場所へ行こうと計画を立てたのは、ほんの数時間前。何かしたかった訳でも、行きたい場所があった訳でもない。
あえて言うなら、どこかへ行きたかったのだ。
いつものトートバックから、勉強道具を全部放り出して、家にあったお菓子を詰め込んだ。これで準備完了。計画なんて一つもない。学校をサボって、電車に乗ってどこかへ行くというそれだけ。
着替えはかさばるからアウト。制服での旅はあやしすぎるけど、捕まった時はその時。犯罪をおかすつもりはこれっぽっちもないし。
そうやって、わくわくしながら、その日は久しぶりに二人一緒のベッドで眠った。
行ってきまーすといつも以上に元気よく挨拶をし、私達は学校とは逆方向に向かった。最初はゆっくり歩いていた筈なのに、気づけば小走り、駅に着く頃には何かを競い合うように全力で走っていた。
それから一番安い切符を買い、タイミング良くホームにやってきた電車に乗り込んだ。下りの電車だった。
通勤ラッシュということもあり、混み合っている電車。バランスを崩さないようにつり革と手摺りにつかまりながら、携帯電話を取り出して学校に電話をかけた。
体調不良で休みますと言うと、事務員の人はお大事にと言って電話を切ってしまった。電車の揺れる音や、人の話し声、他にも沢山の雑音が混ざっていた筈なのに、適当だなぁと思った。
「でもおかげで楽できるね?」
「まぁね。ありがとーって言わなきゃ」
そして携帯の電源を二人で切った。
JRを自動改札に引っかからないように、何度も何度も乗り換えた。私の鞄からお菓子が全部なくなる頃、やっと望んでいた駅にたどり着き、私達は電車を降りた。
つまり、無人駅。
東京を離れ、結構遠くまで来てしまった。一度降りて、また同じ電車に乗るとか、そういうことを繰り返していたため、すでに時計は午後になっていた。家をでたのは、午前八時過ぎだったのに。
「ごめんなさーい」
少しの罪悪感も持たず、形だけの謝罪をホームに置き去りにした。
駅の周辺は、さすが無人駅というだけあり、一言でいうなら田舎という感じだった。田んぼと畑が一面に広がっている。狭い砂利道を二人で並んで歩くのは、東京生まれ、都会育ちの私達には少し新鮮だった。
ぶらぶらと制服姿で、昼間から歩き回る双子は、遠くから見ても目立ったと思う。だけどその駅周辺にはさっぱり人気がなかった。お腹が減ったねと呟いても、ファーストフードのお店すらない。それだけが辛かった。
「帰ろうか」
柔らかい陽気に包まれ、持ってきたお菓子を全部食べ終えたところで、どちらともなくそう言い出した。
「そうだね」
私か千夏か、どちらかが相槌を打って、また無人駅に戻った。時刻表を見て、一日の本数の少なさに驚いては、大袈裟なまでに笑い、やってきた電車の車両の短さにも笑った。
乗り込んだ先頭車両には、買い物帰りらしい主婦と、営業で仕方なくこの電車を使っているという感じの、サラリーマンぽい人がいるだけだった。私達は一度顔を見合わせてから、一番前のシートの真ん中に並んで座った。
文字通りがたんごとんと揺られる電車の中で、外の景色を眺めていると、少しずつ言葉が消えていった。
私達は、何をしたかったのかはわからない。けれど後悔なんて一つもしていなかったし、これで怒られても少しも堪えないに違いない。それでも胸の奥のどこかが、少しちりちりと疼いたような気がした。
「ノスタルジック?」
「あー…、それかも」
顔を見合わせて、互いの胸に抱えた疼きを見せ合い、一言で結論づけてまた笑った。
私達には笑うことしかできない。
でもさ、と千夏が呟いた。
「二人でいられれば、何でもできるし、きっと何処にでも行けるよね」
「当たり前だよ」
私が即答すると、だよね、と千夏はからりと笑った。五月晴れのように爽やかな笑顔だ。
それからもう一度、少し神妙な顔で、でも、と呟いた。
「一人じゃ、何もできないし、何処にも行けないのかな?」
「そんなことないよ」
私達って強いもん。二人だと最強なだけで、一人でだって強いもの。そんな子供の言い訳みたいなことを言うと、千夏は少し呆れたような顔をした。けれどその目は笑っていたし、やっぱり嬉しそうだった。
そして――
「ずっと一緒にいられるんだしね」
私に優しい嘘を吐いた。
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23 優しい嘘
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