『Your name is...』

2005年2月24日
 いつまでも、孤りでいられる。
 だって私は強いから。

 ぽたりと頬に水滴が当たった。
 ゆっくりと顔を空に向けると、灰色の厚い雲が広がっている。青さの欠片もない風景だった。
 また視線を元に戻すと、目の前に広がるアスファルトに、ぽつりぽつりと水玉模様が作られていた。瞬きをする間に、その数は増え続け、ぼんやりと立ちつくしている間には、地面の色をすべて変えてしまった。
 降り出した雨は大粒だった。そのかわり、落ちてくる粒の数は少ない。ぼたり、ぼたりと音を立てながら、視界に罫線を引いていくのが見て取れる。
「雨…」
 ぼんやりと呟くと、やっと自分にも水がしみこんでいるという事実が頭に行き着いた。だからといって、寒いとか、走らなきゃとか、そういう考えにはいたらなかったけれど。

 風邪を引かないようにね。
 家族の言葉を不意に思い出し、私はああと吐息を漏らした。
 このままここで、突っ立っていれば、風邪を引いてしまうかも知れない。せめて雨宿りをするべきだろう。
 そう思って、首をゆるりと振ってみたけれど、あたりにそれらしい場所は見当たらなかった。冷たい雫は、そんな私を嘲笑っているかのようだった。行く場所なんて、どこにもないんだよ、と。
 仕方がないので、歩くことにした。
 黒いブーツのつま先が、水たまりを蹴り、その拍子に跳ね返った水滴が、雨粒と一緒に地面へ落ちていく。
 落ちていく。
 たったひとりで。

 一人が寂しいと言い出したのは、誰なのだろう。
 独りは決して寂しくないというのに。
 相対する存在がいなければ、感情など何の意味も持たないことだから。
 私にとって、相対する存在はたった一人だった。他の誰も、私の前に立ちはだかることはできなかった。あの子が傷つけば哀しかった。あの子が寂しさを抱えていれば、抱きしめたくなった。
 けれどあの子が消えてしまった以上、私は誰の感情も恐れない。恐れないから、迷わない。迷わないから、一人でも生きていける。
 それはとても単純なことだというのに。

 前髪から落ちる水滴が、好い加減邪魔だと感じ始めた頃、目の前に増水した川が広がった。
 元々綺麗とは言えない川の水が、今は土砂を含み濁った茶色に変色している。その勢いを増した水の群れが、不思議なくらい必死になって、斜面を走っていく。誰も追いかけはしないというのに。
 濁った川を眺める。
 雨は相変わらず、私を叩きつける。
 そして私から水がしたたり落ちる。
 落ちた水は、流れに流れて川の一部となる。

 私は何かに引き寄せられるかのように。
 それがまるで当然であるかのように、川の方へ流された。
 身を乗り出すと同時に、暴れ狂う水で視界は埋め尽くされた。

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