『Don’t kill me』

2005年2月25日
 ――殺さないで。
 声が、聞こえた。

 「ナツ!」
 鼓膜に直接響いた声を聞き、はっと弾かれたように、体を起こした。
 前髪を伝い、雫が鼻の先にぽたりと落ちる。先程まで目の前にあるかのように感じられた水面から、急に引き離された気がした。遠い。手を伸ばしても届かないほどに。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、急に目が覚めたような気分になった。まるで違う世界を見ていたかのような既視感。
「もう、何してるの!」
 怒った声が、先程よりも近い場所から聞こえ、視線を上げると親友が走ってきた。そして差していた薄い水色の傘を、ぐっと私の方に押しだす。頬や頭に当たっていた水滴が消え、変わりにぱらぱらという軽い音が響きだした。
「何してるって言われても…」
 何してるんだろう、と質問を質問で返し、首を大きく傾げた。少しだけ傾けるつもりが、力加減を間違え、肩に頭を落とすような仕草になってしまった。
「傘、ないの?」
「ないねー」
 あったらこんなずぶ濡れになるわけないじゃん。
 そう言って笑うと、親友は微かに頬を膨らませ、もう、とまた呟いた。
「雨宿りくらいすればいいのに。風邪引くでしょう」
 怒った顔が嘘のように、呆れた風に溜息を吐き、私を傘に入れながら、まるで親のような口調で言ってくれる。
 その言葉を聞きながら、私はまた笑った。
 上手く笑えた自信は、なかったけれど。

 それから二人並んで帰ることにした。
 身長の低いユウが傘を持っていたので、歩きにくかったが、口にするのも面倒で黙っていた。この場合、傘に入れてもらっている私が持てば丸く収まるのだろうけど。
 ずぶ濡れになったせいか、頭の芯が熱かった。それなのに体の表面は冷たくて、体の矛盾を訴えている。くらくらする感覚が気持ちよかった。もしかしたら、薬に溺れる人もこんな気分なのかもしれないと感じた。
 薄く目を閉じて、歩いていると、どこからか声が聞こえた。
 私と同じ声だった。

 ――死なないで。
 殺せるわけも、死ねるわけもないのに。

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