『春の夜の夢』

　儚きものは、春の夜の夢。

　夢を見た。
　なんてことのない夢だった。
　ほんの三年前の日常。

　夢の中だというのに、そこにあの子がいるというだけで、私の心はしっかりと動いていた。喜びも悲しみも、そこには確かに存在していた。
　視線を合わせる必要さえない。ほんの微かな気配だけでわかってしまう、お互いの感情。
　あの子がほんの一瞬だけ目を細めた。それだけで、哀しいのだと理解できる。そしてその理由が私にあることも。私がほんの少しだけ、何かを哀しいと思った。それが理由。
　そう、私は哀しいのか。
　傷も歪みも、一点の曇りさえない鏡を見ながら、私は自分の気持ちをそっと撫でた。
　ちくり、と何かが痛かった。これが悲しみ。

　夢の中でさえリアルだった痛みも、目を覚ませばどこかへ消えてしまう。
　ただただ儚い、人の夢。