『unrequited love』

2004年1月12日
 ふらりとベッドに倒れ込み、瞼を閉じた。
 眼球の奥がぎりぎりと痛む気がした。なんだかよくわからないけれど、色取り取りの記憶が頭の中で暴れている。それは空の青だったり、木々の緑だったり、衣服の黒だったりした。けれどその中でも一際強く輝くのが紅だった。
 血の色だ。暗闇の中で誰かを殺しても、はっきりと見える深紅の液体。ぬめるその感触とともに、強い視線を感じた。そう、深紅はあの目の色だ。
 いつも何かに輝いていた目だった。酒を飲んでいるときも、会話をしているときも。馬鹿にしたように、心底おかしそうに、笑う目はいつだって光を帯びていた。
 そして、戦うときはぎらぎらとその目を輝かせるのだ。細身の剣を持ちながら、容赦のない太刀筋で攻撃を仕掛けてくる。そんなとき、彼女の目はいつも、心底楽しそうに狂気を帯びていた。
 それなのに、人を殺すときだけはその目から光がなくなった。普段は見られない酷薄さだけが、その深紅を覆い隠し、無表情のまま血の海に立っている。それが彼女だった。
 そんな女が、記憶の中で非道く優しげに微笑んだ。

 懐かしい人を思い出し、キールは低く笑った。
 一瞬、脳裏に映った女は、すぐにその姿を消した。いつものことだ。彼女は記憶の底からなかなか出てきてはくれない。時折、気まぐれといった風に顔をのぞかせ、すぐに消え去ってしまう。
 そうして、次の瞬間に脳裏に映ったのは違う女だった。つい先日会ったばかりで、今日名前を知ったばかりの女。けれど非道く魅力的な人にあらざる獣人。彼女の目も、澄んだ紅をしていた。血に汚れていない色だと思った。
 記憶の中の女と違い、彼女は清廉さを兼ね備えていた。銀色の髪も、白い肌も、その魔力も。すべてが光の中にあって、闇の中に置いても光を纏うことができる。彼女の光は太陽のものではなく、月の光だからだ。
 そんなことを思いだし、うっすらと目を開けると、空には銀色の月が輝いていた。どことなく不格好な、上弦の月だ。あの光は、この世界にいる彼女に、惜しげなく力を注いでいるのだろう。彼女はそれに値する人だ。

『死に方には拘れ』

 不意に耳の奥で懐かしい言葉が響いた。どうやら、今日はいつになく記憶の中の女の気が向いているらしい。声まで聞かせてくれるとは今までにはない贅沢だ。
 師と仰ぎ、最期を看取った女の言葉に、キールは小さく笑った。

 今なら良い死に方が思いつく気がする。
 何を賭けても、守りたい人がいるから。

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